Author Archives: Hideko Russell

文芸翻訳のメンターシップ・プログラムについて【山崎安里沙さん】

こんにちは!翻訳専攻2年生の山崎安里沙と申します。

今回は私が昨年参加した、American Literary Translators Association の Emerging Translators Mentorship Program についてお話しさせていただきます。

American Literary Translators Association (ALTA)というのは、その名の通りアメリカの文芸翻訳家協会ですが、若手文芸翻訳家育成プログラムといったものを毎年行なっています。すでに業界で活躍されているベテランの翻訳家がメンターとなり、これから文芸翻訳に挑戦したい若手翻訳家をマンツーマンで 9 ヶ月間ほどアドバイジングします。まだ翻訳されていない小説や詩をあらかじめ自分で選び、一部を翻訳し、応募の際に提出します。抜擢された場合、その作品を 9 ヶ月ほどかけて翻訳し、最終的にはALTAが年末に毎年行なっているカンファレンスで発表をするという流れになります。プログラム終了後も出版先を探すなど、まだまだやることはたくさんありますが……

メンターの方はほぼ毎年変わるので、応募対象となる言語枠もその年ごとに変わります。また、色々な国の政府や文化団体がスポンサーとなっているので、その年のスポンサーによっても言語枠は変わるようです。私が応募した 2022 年度のプログラムは初めて日本語枠があった年で、UCLA と関連のある Yanai Initiative がスポンサーをしていただいたおかげです。私のメンターは、日英文芸翻訳家でノースカロライナ大学シャーロット校日本語学科助教授のデビッド・ボイド(David Boyd)さんでした。川上未映子さん、高橋源一郎さん、小山田浩子さんなどの作品を翻訳されています。

私がこのプログラムに応募したきっかけですが、もともと文芸翻訳家になりたいとは全く思っていませんでした。文芸翻訳というのは、自分自身も創作活動をしている人が一番適していると考えていて、正直自信がありませんでした。ですが、応募締め切りの 1 ヶ月前ぐらいにたまたまこのプログラムに出会い、ちょうど日本語枠があったこともあり、ダメ元で応募してみました。翻訳したいと思った小説は、その年に読んだ高山羽根子さんの『如何様』という作品でした。戦後の東京が舞台で、兵隊だった画家が出征前と全く違う姿になって帰ってくるという話です。戦争などの出来事を体験することによって国民が背負わされるトラウマ、またこういったトラウマによって人は決定的に変わってしまうということを描いたこの作品は、当時まだコロナ禍で生活していた私にとって、とても共感できました。高山さんは 2020 年に『首里の馬』という作品で芥川賞を受賞されています。

ALTAのイベントで発表

それまで文芸翻訳をしたことがなかったので、メンターシッププログラムは驚きと発見の連続でした。アート系のものや脚本などの翻訳をしたことがあっても、文芸翻訳はアプローチや考え方がかなり違い、色々と気付かされることがありました。私が一番苦労した点は、意訳などの工夫を取り入れることでした。作者が意図的に選んだ表現や流れなどを少しでも忠実に反映したかったので、初めはどうしても一語一句抜け漏れのないように翻訳をしていました。ですが、文芸作品は読者の心に響くかどうかが肝心なので、細かく忠実に翻訳することで逆にメッセージが失われてしまう場合もあるということを痛感しました。こういった場面で自信を持って翻訳家としての判断を下すことは、たくさん経験を積まないと慣れないものだと今も感じます。また、原文を事細かに再現しようとしていた当初は、実務翻訳をする時と同じようなスピードで訳していましたが、プログラムが進むにつれ大幅にスピードが落ち、一段落に何時間もかけるようなこともありました。ただ単に作品を日本語から英語に置き換える作業ではなく、自分も一緒になって携わる創作活動なんだという意識が徐々に芽生えたからだと思います。

2022 年度の ALTA カンファレンスはコロナの影響でオンラインになりましたが、代わりにメンターシッププログラムのための対面イベントが 11 月に開かれました。三日間のイベントで、開催場所は ALTA が拠点を置いているアリゾナ大学でした。文芸翻訳業界についてのパネルで他のメンターの方々の話を聞いたり、ロシア語から翻訳された演劇を観たりと盛り沢山な内容でした。もちろんメインイベントは、各メンティーが翻訳の一部を発表する朗読会でした。韓国語やスウェーデン語、ポーランド語、カタルーニャ語など、世界中の素晴らしい作品の翻訳に触れることができて、とても貴重な時間でした。

文芸翻訳に挑戦したい方、小説などが好きな方にはぜひこのメンターシッププログラムに挑戦してほしいです。メンターの方に自分の翻訳を評価してもらったのはもちろん、翻訳について深く考え、色んな議論ができたのは本当にかけがえのない経験でした。有名な日本人作家の作品でも、まだ訳されていない作品は山ほどあります。出版翻訳業界はなかなか参入しにくく、金銭的にはあまり魅力的ではないかもしれませんが、一冊でも多くの翻訳本が出版されることによって生まれるインパクトはとても大きいものだと感じています。応募締め切りは秋なので、もしご興味があればぜひ今から検討してみてください。

私が翻訳した『如何様』の抜粋が、The Offing というオンラインの文芸ジャーナルに掲載されることになりました。まだ掲載日は決まっていませんが、公開されたらここで共有したいと思います。

フィギュアスケート大会 通訳体験談【アファフ・カーンさん】

皆さん、こんにちは。翻訳通訳専攻2年生のアファーフ・カーンと申します。

今回は2月に行われた、四大陸フィギュアスケート選手権にてボランティアとして翻訳・通訳をさせていただいた経験についてお話ししたいと思います。

自己紹介

まず、私は日本人でもアメリカ人でもありません。一言で説明すると、私はパキスタン出身のフィギュアスケートオタクです。

そのフィギュアスケートオタクが一体何をしにMIISに入学したのか、少し説明させていただきます。

日本語は完全に独学で、日本での滞在経験もありません。高校一年生の夏休みのある日に、お母様が日本人で、お父様がパキスタン人の友達が漢字ドリルを突然始めたのがきっかけです。私も負けないぐらい暇を持て余していたので、新しいノートを買って彼女の家に遊びに行き、一緒に勉強するようになりました。

実は負けず嫌いなので、小学一年生用、二年生用と漢字ドリルを続け、どんどん漢字を覚えていきました。友達が飽きてしまっても、私はなかなか辞められなかったのです。

ひらがな・カタカナをマスターしてからは読む方に集中し、勉強する時は主に漢字と文法(A Dictionary of Basic/Intermediate/Advanced Japanese Grammarシリーズを愛読していました)がメインでした。辞書さえあれば読めないものはないと、今もそう信じています。

大学はコンピュータサイエンスを専攻しましたがやりがいを感じず、卒業後はフリーランスとして日英翻訳の仕事を始めました。上手くなれば、そして、仕事の機会が増えればと思いMIISへの入学を決め、パキスタンを発ちました。

ボランティアに応募したきっかけ

四大陸の話に戻りますが、なぜスケートの大会でボランティアをしようと思ったのか。

フィギュアスケート自体は4年前、某選手が「ジョジョの奇妙な冒険」を演じたことがきっかけで虜になりました。

活躍している日本人選手が多いこの競技ですが、その選手たちの言葉が世界へ発信される場は主に記者会見だけです。つまり、大きな国際大会で表彰台に上った、ごく少数のトップアスリートです。しかし、メダルの数や点数と関係なく、選手一人ひとりに様々な想いや考え方、経験、そして夢があり、それぞれの物語に発信される価値はあると思います。推しの言葉にたくさん笑わされたり、救われたりしてきた私ですが、いつか全選手、全インタビューの翻訳を任せてもらえたらいいな、とおこがましくもぼんやりと思ったことが多々あります。そして、MIISで初めて通訳に挑戦してみたとき、このひそかな夢に「試合で通訳をしてみたい」という思いが加わりました。

それはさておき、フィギュアを観るのが大好きだということは言うまでもないと思いますが、ボランティアに関しては色々と悩みました。ただ、やらないよりやるほうがマシ、というのが私のポリシーです。これから通訳者になるためにも、とりあえず人見知りを克服したいのが一番の目的でした。

到着

コロラドスプリングスには大会の3日前に到着しました。国際スケート連盟のQuick Quotesという、演技直後の選手をインタビューするチームにアサインされたことを大会前日に知らされました。後戻りができない、やるしかないと思いました。

大会初日

さて、男子ショートの日です。会場に入って案内された先には、私とパートナーを組むことになった、大人スケーター(スケート連盟に所属しない成年のスケート愛好者)のKaoru Slotsveさんがいらっしゃいました。Kaoruさんはとてつもなく社交的で、色々とサポートしてくださいました。

Kaoruさんのご著書です!

私は緊張でなかなか身動きが取れなかったのですが、余裕の笑顔でいつもお元気なKaoruさんと一緒に、選手に聞く質問を考え、文字通り肩を並べながらインタビュー内容の翻訳・書き起こしに取り掛かりました。後日、自分の翻訳がネットに掲載されているところ、そしてファンの方たちがそれに反応されているところを見た時は、とても充実した気持ちになりました。

Kaoruさんの優しさに支えられた一日の終わりにシャトルに乗ると、なんと、日本スケート連盟の方がsmall medal ceremonyの通訳を依頼してくださいました。英語ができる日本人の方ではなく、わざわざ私に声をかけてくださったことが大変光栄でした。私がスタッフではなくただのボランティアだと知った時は少し戸惑ったそうですが、強気に名刺を渡して、「私!通訳できます!やらせてください!」とプレッシャーをかけてしまいました。

録音を確認中のKaoruさんと

男子フリー

女子フリーは観客として拝見させていただき、男子フリーの日は再び舞台裏へ。Small medal ceremonyはペアフリーと男子フリーの間に行われる予定でした。着いた時はまだペアフリーの最終グループでしたが、のんびりピザを食べていたところに電話がかかってきました。「もし三浦・木原組の優勝が決まったら、優勝インタビューの通訳をお願いできますか」とのことでした。ピザをくわえながらメディア・エリアへ猛ダッシュし、通訳デビューを果たしました。

デビュー、と言ってもそれほど派手なことはしていません。フィギュアの試合を数多く観てきましたし、インタビューなどもすかさずチェックしてきたため、よく聞かれる質問、選手がよく使うフレーズ、標高の高さなど今大会ならではの課題など、基本的なことは把握していました。

しかし、事前準備がしっかりできていても、理想のパフォーマンスが保証されるわけではありません。今回の通訳で改めて痛感したのは、通訳というプロセスはいかに繊細かということです。

まず、録画を見返して、自分が記憶とはまったく違うことを言っているのが驚きでした。記憶していた訳はどこから来たのか、それはおそらくその時に考慮していた候補の一つだったのでしょう。

さらに、訳し終わった後、そのページのノートをしっかり斜線で消してからページをめくっていたのも興味深かったです。

斜線を引いてノートを消すというのは、同じページに次のセグメントのノートを取る場合、どこから訳せばいいのかという混乱を防ぐために普通使うテクニックです。つまり、新しいページに移る場合は不要です。しかし、斜線を引くことで頭がすっきりする、という心理学的な効果はあったと思います。

いつものノート、いつものペン、そして、慣れ親しんだテーマ。不確実な要素を最小限まで抑えられたおかげで、放送事故を起こさずにその場を乗り切れました。

Small medal ceremonyは結局一般の方からの質問コーナーはなかったので、私の出番はないまま終わってしまいましたが、男子も日本人選手が優勝し、再び優勝インタビューの通訳をさせていただきました。選手本人も面白い方で、観客の声援などで確かな手応えを感じました。実は以前、日本スケート連盟の専属通訳者の方とオンラインでお会いしたことがあるのですが、インタビュー直後にその方が労いのメッセージを送ってくださったことが何よりも光栄で嬉しかったです。たくさんの方にアフターケアをされているようで、幸せでした。

三浦選手、改めて優勝おめでとうございます!

まとめ

気づいたらスケートの試合で翻訳と通訳をするという夢が叶った私。スケートに出会う前のことを思い出すと、本当に遠いところまで来たな、と感慨深い気持ちになります。

同時に、就活もそうですが、ただ待っているだけだとなかなか振り向いてもらえない、チャンスをもらえないということも身をもって実感しました。一歩踏み出すことで失敗することがあっても、何かを掴める可能性もあるので、それだけでも踏み出す価値はあると思います。

そして何よりも、観客に聞いていただくレベルの通訳ができるようになったことがこの上なく幸せです。MIISでお世話になっている先生の方々に心から感謝を申し上げます。

皆さんにもぜひ、思いっきり夢を追いかけてほしいと思っています。

卒業生インタビュー【田中心一郎さん】

今回は、2014年にMIISを卒業されたあと、通翻訳者としてご活躍中の田中心一郎さんにお話を伺いました。

◆はじめに、MIISの修士課程で学ぼうと思ったきっかけを教えていただけますか。

MIISに入学したきっかけは国際基督教大学で通訳や翻訳の授業を受けていて、二つの言語を行き来する感覚がパズルを解くように面白く、仕事にできたら楽しいだろうと思ったのが一番のきっかけです。また、MAを取得していると仕事を得やすいだろうという損得勘定もありました。

卒業後は、主にどのようなお仕事をされていらっしゃいますか。

卒業後はまずシリコンバレーの法律事務所で10か月ほど特許翻訳をしていました。先輩に勧められたというのもありますが、将来を考えたときに特許翻訳の知識は必ず役に立つと考えたのが決め手です。OPT(Optional Practical Training)による米国での1年間の就労ビザが出るので活用しました。将来的にフリーランスを目指していたので、ビザが切れる前に退職し、日本に帰ってフリーランスになりました。

MIIS在学中にフリーで仕事をするための下準備をしていたので、大きな不安はありませんでした。まず、翻訳と通訳の授業をまじめに受け、先生やクラスメートから信頼を得ること、次に企業リサーチのインターンで卒業後も稼げる収入源を確保すること、そしてMIISでの就活やATAなどに参加して得たエージェントなどの連絡先や情報を活用しました。また、MIISのキャリア相談を行っていたジェフさん(現在は退職)と毎週のように会っていました。LinkedInのプロフィールの書き方や履歴書の書き方、キャリア形成など様々なことを教えていただきました。とにかくコネクションを作っていくことは今も実践しています。

コロナの影響が大きくなる直前には、他国の大使と厚労省との会談の通訳を担当し、対面での通訳も多かったのですが、コロナ禍で急速に仕事が減ったのを覚えています。2020年の5月はキャンセルが相次ぎ一件も通訳の仕事がありませんでした。仕事が減った分は翻訳や字幕の仕事を受けていました。

徐々にオンライン通訳の案件が増え、今ではコロナ以前と同程度に安定的に仕事が来ています。2018年には東京スタートアップ・ゲートウェイ(公的なスタートアップ企業の支援プログラム)に参加し、オンライン通訳プラットフォームの開発も考えていたので、リモート通訳に移行することに抵抗は一切ありませんでした。初期のリモート案件として多かったのはGAFAMなどで知られるIT系の通訳です。IT関連のガジェットが好きで、特許翻訳もしていたので、IT関連の通訳としてエージェントからも信頼されるようなりました。そこから、徐々にほかの分野の製薬系や法関係の仕事も依頼が来るようになっています。OJTのように仕事を通じ学ぶことも多く、日々勉強に努めています。

MIIS で学んだことが、いまお仕事にどう活かされているか、お聞かせください。

通訳や翻訳の技術については当然毎日の仕事に活かされています。最近退職されたターニャ・パウンド・ウィリアムズ先生から学んだ日英特許翻訳については、そのまま卒業後の就職先で特許翻訳者として活かすことができました。フリーになってからも技術系や法律関係の仕事で文書を読む際などに活かされています。

他にも、アメリカの文化や言葉・常識に触れられる環境、グローバルかつ優秀な英語話者が多数いる環境に身を置くことで得られた知見は、普段は意識しない場面で役に立っています。メールの書き方、クライアントとの接し方、距離感、こういったなかなか学習だけでは体得できない部分が補えたのは大きな収穫でした。

MIISで一番意識したことが仲間を増やすことです。友達を増やすということでもいいでしょう。ATAの会議にも毎年参加していました。MIISのTILMに来る方は全員が通訳や翻訳を志す仲間なので、今でも仕事の打診を互いにしていますし、MIISの先輩や同級生は仕事を紹介しあっています。僕の場合はほかのMBAやTESOLなどにも友達がいて、そことのつながりも、色んな仕事につながっています。当時のルームメイトの実家が翻訳会社を経営しており、そこの仕事は今でも受けています。

修士論文の口頭試問に合格!

MIIS の学生生活のなかで、一番思い出に残っていることは何ですか。

追加費用のかからない範囲で授業をできるだけ受けていたら、修士論文を見てくださっていたコルドバ先生に授業を減らさないと担当できないと言われたのも今ではいい思い出です。忙しい中対応してくださり、とても感謝しています。

色々ありましたが、一番思い出深いのはモントレーからサンフランシスコまで200kmほどの道のりを80ドルの自転車でルームメイトと1週間かけて往復したことでしょうか。全身筋肉痛になり、広大なアメリカを体感できました。道中トラックを運転する年配の女性に山1つぶん相乗りさせてもらったり、誤って私有地に入り、番犬に襲われそうになったり、思い出深い1週間でした。

入学希望者の方たちに、特にアドバイスがあればお願いします。

MIISに入る場合は、本気で通訳か翻訳を仕事にする覚悟で入ることになります。自分は通訳や翻訳をするべきだと本気で思っているのであれば、有意義な時間が過ごせると思います。僕自身も多少は仕事での通訳や翻訳を経験した上で入学しているので、自分なら通訳者や翻訳者になれると確信してから入学しています。入学さえすれば後は先生がなんとかしてくれるという甘い世界ではありません。

周囲を見渡せば、10年会社で翻訳などを経験してから、商社で働いたのちに勉強してからなど、翻訳や通訳の“初心者”に経験豊富なライバルが多い業界です。それを踏まえて、MIISでの修士号はライバルたちに対抗するための強い味方になります。さらに、MIISマフィアの先輩たちも助けてくれます。もちろん、最終的には仕事を得られるかは自分の力量次第です。

翻訳や通訳という仕事を僕は大好きですし、多くの方にぜひやってほしいと思っています。しかし、AI翻訳も多少は力をつけていますし、適当な実力では太刀打ちできません。十分な準備で力を蓄える、その一助としてMIISを活用すると良いのではないかと思います。そして、無事に卒業すれば就職に大変有利です。個人的には若くからフリーランスでも楽しいと思っていますが、そのためにもMIISというブランドは有効です。僕自身もMIISの後輩と仕事ができるのを楽しみにしております。

最後に一言お願いします。

先日、アメリカのベテラン通訳者の方が体調不良をきっかけに通訳業をリタイアされました(今は回復されています)。僕のほうでいくつか仕事を受け継いでいますが、この業界のバトンは脈々と受け継がれています。体は資本です。自分を大事に、長く、幸せに過ごしてください。もしよかったら通訳や翻訳をしてもらえると嬉しいです。通訳や翻訳を志す方がいれば、僕も相談に応じるなど、サポートしていきたいと思っています。この業界は強くないと生き抜けないので大変だと思いますが、個人的には人材不足を感じています。バトンはできる限り長く持ち続けますので、いつか受け取ってもらえたら嬉しいです。

在学生インタビュー【小松原奈那子さん、ニック・コンチーさん、直美・ストックさん ダイキン社インターンシップについて】

今回は、昨年のインターシップについて、当時2年生の金千雪さんがまとめてくださった記事です。

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皆さんこんにちは!2年生の金千雪です。日本語プログラムで翻訳・通訳 (TI) を専攻しています。
今回は、2021年春学期終了後の夏休みに、テキサス州のウォーラーにあるダイキン・テキサス・テクノロジーパーク(DTTP)にてインターンシップをされた小松原奈那子さん (CI専攻2年生)、ニック・コンチーさん (CI専攻2年生)、直美・ストックさん (TLM専攻2年生) にお話しを伺いました。

—本日はお忙しい中ありがとうございます。はじめに、このインターンシップに応募した理由を教えてください。

奈那子さん: 私は大学院に入学した時点では翻訳・通訳の経験がなく、夏休みの間に実際の職場などを体験し、卒業後にむけて経験値を積んで視野を広げたいと思っていました。そこでダイキンの募集を見つけました。アメリカでの通訳は製造業が多いとも聞いていたので、ここでインターンができれば、通訳の現場としてどのようなものが多いのか知ることもできるのではないかと思い、応募しました。
ニックさん: 日本は製造業でよく知られており、英語圏で経営している会社もたくさんあるため、通訳・翻訳に対しての需要はこれからも変わらないはずです。私は将来、社内通訳またはフリーランスを目指していますが、どちらにしても製造業に関連した仕事をする可能性がかなり高いので、現場で製造業を勉強できたらもっともスキルアップにつながるのではと思って応募しました。
直美さん: 私はニックさんと違い、通訳・翻訳者を目指していませんが、このインターンシップを通してアメリカを拠点とする日本企業の視点を知りたいと思っていました。そして、日本語を使って通訳を学び、将来を切り開いていきたいと思い、このインターンシップに応募しました。

—具体的にどんなお仕事をしましたか?ニックさんはインターンシップの間テキサスに引っ越したそうですが、コロナ禍の影響で奈那子さんと直美さんはリモートからの参加だったと聞いています。その点何か違いはありましたか?

奈那子さん: 私はリモートでの参加でした。リモートで参加した理由はいろいろありますが、主な理由は私自身が日本からモントレーに来て一ヶ月ほどしか経っておらず、まだモントレーに慣れておらず、引越し作業も終わったばかりだったので、可能ならしばらくは移動したくなかったというものです。リモートだったのでニックさんとは違い、対面での通訳などができなかったので、やれることが比較的限られてしまったというのが素直な感想です。ですが、それでも役員の方が出席するZoom会議に定期的に立ち会わせていただいて、ダイキンの通訳チームの通訳を聞いたりすることで、実際の職場で求められるスキルについて学ぶことができました。また、会議の後には必ず通訳チームが質疑応答の時間を設けてくださったので、会議に立ち会って気になった通訳のやり方や、会議の内容について存分に聞いて学ぶことができました。
ニックさん: 私が今回テキサスに引っ越した主な理由は、対面式の通訳を試したかったからです。私たち1年生は昨年コロナ禍の影響でZoom上の通訳しかできなかったのですが、ウォーラーにある巨大なDTTP(ダイキン・テキサス・テクノロジー・パーク)では、初めて人の前に立って通訳することを体験できて、非常に嬉しかったです。
私たちは3人でZoomで行われた幹部ミーティングを見学したり、オンライン勉強会に参加していましたが、現場で大勢の作業者やうるさい機械に囲まれて通訳を体験できたのは私だけです。
ダイキンのインターンシップには毎年数十人もの参加者がいますが、そのほとんどがエンジニアリングを専攻にしている大学生です。インターンたちはDTTPの近くにあるアパートに住むこととなっているので、常に顔を合わせて情報交換やネットワーキングができたのも大きな利点の一つです。
直美さん: 私もリモートでの参加でしたので、私が経験できる仕事の種類は限られていました。しかし、私たちの見学が許可された会議が全てオンラインであったことや、上司との練習セッションがあったことは幸運でした。そうは言っても、テキサスに行っていたらダイキンでもっと有意義な体験ができたと思います。

—そこでニックさんへの質問ですが、テキサス州での生活はどうでしたか?

ニックさん: ヒューストンはテキサスの南東にあり、日本と似たような蒸し暑い夏が印象的です。そしてテキサスの大きな利点は、ガソリンや買い物など物価が基本的にカリフォルニアより全然安いということです。ただ、ウォーラーは田舎にあるため、車がないとなかなか生活ができない場所です。車でテキサスに引っ越したのは大正解でした!

ーインターンシップでの学びを聞かせてください。実際に働いてみて、普段の授業での通訳と何か違いはありましたか? また、直美さんはこのインターンシップ以前は通訳経験がなかったそうですが、今回を通してどう感じましたか?

奈那子さん: 一つ確実にこの先覚えておくべきだなと思ったのは、実際に喋る人は必ずしも正しい喋り方をするわけではないということです。当然のことですが、普通に喋っていると、人は基本的に話がそれたり、方言を使ったり、正しい文法ではなかったりと、教科書にはない喋り方をしてきます。普段の授業では、練られ、練習を重ねたスピーチなどが多いので、このような形の通訳はあまり経験してきませんでした。ただ実際にはこのように様々な喋り方に対応する必要性があると思うので、それに気付けたのはよかったです。
ニックさん: 授業では、全ての情報を正確に伝えることが重要とされますが、実際に現場で通訳してみたら、情報を伝えることだけではなく、コミュニケーションを支援することも通訳の大切な仕事だなと思いました。スピーカーが本当に言いたいことを捉えて、そしてこれを相手にわかってもらえるように伝えることには、人間関係に対しての観察力や柔軟性が求められます。
このような知識やスキルは授業で教えにくいので、やはり実際に現場での通訳に挑戦してみないとなかなか身につかないと思います。
直美さん: インターンシップの前は通訳の経験がなかったので、練習セッションを続けるのに苦労しました。経験不足にもかかわらず、私は新しい、価値のある知識を多く学びました。たとえば、通訳のためにメモを取る方法や、記憶の仕方を学びました。

—私もダイキンのインターンシップに興味があったので、オリエンテーションに参加したのですが、通訳者の育成に力を入れているとういう話が印象的でした。実際はいかがでしたか?

奈那子さん: 実際このインターンシップは、職務経験を積むというよりは、将来通訳者になるための育成をするという要素の方が強かったと感じます。特に序盤は現場にインターンを出したりはせず、通訳の練習会や業界の知識を教える説明会などが多かったです。また、インターンシップ中は通訳スキルを向上させるための目標を設定し、それの達成に向けて練習していました。なのでその目標に向けての進捗報告も度々行っていました。後半になるにつれて、翻訳などに携わらせていただくことも増えてきましたが、全体的に見るとやはり、育成するという方が全面に出ていた気がします。
ニックさん: そうですね、ダイキンは通訳者のための育成が充実しています。インターンの担当者の方は週に1〜2回、勉強会や説明回を行い、空調業界や日本の製造業について色々教えてくださいました。現場で通訳をしている時に、分からない単語やより深く知りたいコンセプトなどが出た場合、次の説明会でそれについて確認ができたのでとても便利でした。
また、このミーティングにはインターンだけではなく、正社員の通訳者も参加するので、その方々と話すことで社内通訳の仕事について色々学ぶことができました。
直美さん: 確かに、経験を積むことよりも、主にトレーニングに焦点を合わせていました。 そのため、企業で働くことにおいてのスキルはあまり学びませんでしたが、通訳の知識や職場環境の理解を深めることができました。

—これからダイキン社のインターンシップに応募する学生へのアドバイスや、読者へのコメントがあれば教えてください。

奈那子さん: ダイキンは通訳チームの方々がとても親切で、とても親身になってくださいながら通訳スキルの向上に向けていろいろと助けてくださいますので、とてもいい職場だと思います。また、ダイキンの施設は通訳ブースなども含め最新式なので、もし状況が許すのであればぜひ実際にテキサスに滞在してその場を体験してみて欲しいです。実際私はリモートでしたが、ダイキンの機材などに触れたり、通訳インターンとしてあまり多くに関われなかったのが心残りです。ですが、もしリモートでもなるべく参加できるようにダイキンの方々は最善を尽くしてくださるので、機会があれば無理のない範囲で頑張って欲しいです。
ニックさん: もし今後もリモート・インターンシップが提供されていても、できればテキサスに引っ越したほうがいいと思います。コロナ禍からの正常化が進むなか、対面式通訳の機会が増えると思われますし、現場を自分の目で見学することも非常に勉強になるので、対面式のインターンシップがおすすめです。
直美さん: ダイキンでの経験にとても満足しており、将来は喜んでダイキンに就職したいと思います。 現場で行われた学習体験の多くを逃したので、バーチャルではなく直接現地に行くことをお勧めします。

東京オリンピックの通訳現場から 2

今回は、日本語通訳チームのメンバー6人から寄せられたメッセージをご紹介します。

左上段から、エリカ・エグナー、ニコラス・コンチー、森千代、丹羽つくも、大社理恵、金千雪、小松原奈那子

★金 千雪(T専攻1年)

この夏、東京オリンピックのジュニア通訳を務めることができ、嬉しく思います。初めての逐次通訳の仕事で非常に不安でしたが、それ以上に多くのことを学べました。語彙力や知識を増やせたのはもちろんですが、一番大きな収穫は通訳者として「伝える」こととその責任を意識できたことだと思います。今までは動画を使って勉強してきたので、スピーカーが意思のある個体だという実感が薄かったのですが、色んな選手と監督の思いや覚悟、考えを現場で聞くことができ、それを伝える責任の重さと自分の未熟さを深く感じました。当たり前のことではありますが、初めて本当の意味でスピーカーの言葉を尊重できたと思います。また、応募を渋っていた時に背中を押してくれたり、シフトが少ない私に仕事を譲ってくれたり、自分の担当ではないスポーツでも練習に付き合ってくれたりと、素晴らしい仲間と先生に恵まれていることを改めて実感した1か月でした。

エリカ・エグナー(T専攻2019年卒)

東京オリンピックでジュニア通訳として働く機会を得たことを大変光栄に思っています。昔から大好きだったオリンピックへの愛情とMIISで身につけた技術をこの形で組み合わせられるとは、想像もしていませんでした。柔軟性も責任感も求められた今回のチャレンジを通して、ほとんど何も知らなかったスポーツのことをたくさん学び、長年尊敬してきた選手たちの言葉を世界に伝えることができました。ときには喜びで興奮した、ときには落ち込んだ監督や選手の言葉を適切に訳出する大きな責任を感じました。2年前にMIISを卒業してからほとんど通訳していない私は、緊張感を覚えることもありましたが、MIISの在校生・卒業生の応援と激励を受けて頑張ることができて、ありがたかったです。日本のスポーツの魅力を世界に伝えられる一生忘れられない素晴らしい体験でした。

小松原奈那子(TI専攻年)

今回、オリンピック記者会見の通訳をする機会を頂けてとてもいい経験になりました。私自身、翻訳通訳の経験がないまま大学院へ入学したため、練習ではない、授業でもない、しかもお金をいただいて披露する通訳というのはこのオリンピックの舞台が初めてでとても緊張しました。ですが、自分が練習してきたことを自信を持って思いっきり出せる場に立てた、一生に一度のような大イベントに携わる機会をいただけたこと、自分が幼い頃から見ていた選手・スポーツに対して通訳として関われた事実から緊張を余裕で上回るほど楽しかったです。また、今回のオリンピックはリモートでの通訳、しかも逐次通訳という初の試みで、私たちも会場側も手探りから始まり、お互いに連携して会見を成功へ導くという経験・プロセスはとても貴重なものだったと思います。普段からも運営側と連携を取ること、柔軟な対応が出来ることの重要性が深く身に染みました。この経験を通して自分にとって様々なものが見えてきたと思いますので、ここで感じたことを忘れずにしっかりと次へ繋げていきたいと思います。

ニコラス・コンチー(TI専攻1年)

今回リモート通訳としてオリンピックに参加できたことを本当に光栄に思っています。通訳を勉強し始めてから一年も経っていない未熟な私が、この歴史的な大会に通訳として参加して本当に大丈夫なのか不安もありましたが、それと同時に、通訳を必要とする記者会見参加者の皆さん、採用してくださった担当者の皆さん、そして通訳チームメンバーからの期待に応え、恩返しをしたい気持ちも強く感じていました。本番の環境で感じたやりがいと責任感は、今後の通訳キャリアにとって大きなモチベーションにつながると確信しています。監督や選手たちの言葉を借りれば、今回はチーム一丸で取り組み、最高の結果を残すことができたと思います。通訳チームの皆さん、本当にお疲れ様でした。3年後のパリ・オリンピックを目指して頑張りましょう!

大社理恵(CI専攻2021年卒)

今回はオリンピック史上初のリモート逐次通訳をするということで大変貴重かつ記憶に残る体験をすることができました。通訳者だけでなく、開催者側も、通訳ユーザー側も初めての試みということから通常のリモート通訳をするよりも会場にいる開催側のスタッフとの連携や不測の事態に備えての柔軟性と冷静な判断が必要となり、自身の通訳者としての質を試される良い経験になったと思います。監督や選手たちの試合の感想や想いを通訳することは普段通訳するビジネス会議とは異なり、とても新鮮で、刺激にもなりました。きまぐれから今回のオリンピックの通訳案件に応募しましたが、普通ならば聞くこと、見ることができない監督や選手の話やメディアとのやりとりを、聞くだけでなく通訳することができ本当に良かったです。

丹羽つくも(CI専攻1年)

ある会場にて、私たちリモート通訳は「天の声」と呼ばれていたそうです。実際の記者会見場にて、選手や監督のコメント、記者の方達の質問などを、リモート通訳の私たちがMicrosoft Teamsを介して逐次通訳をし、それが会場のスピーカーで流れることから、そのあだ名(異名?)が付きました。「天の声」。それは栄誉でもあり、責任でもありました。今まで全く手の届かない存在だった日本代表の監督や選手たちが私の声を聞いていると考えると、夢のようで、鳥肌が立ちました。その一方で、世界中の強豪チームと戦う人たちの言葉は全て重くて、同等の経験が全く無い素人の私にとって、彼らの発言の意味合いを汲み取って適切に訳出することは簡単ではありませんでした。また、通訳を必要とする記者の皆さんには私たちの訳出=スピーカーの言葉となるため、スピーカーの印象を天から操ることが出来るという重大な責任を感じました。日本中、世界中が注目する舞台で活躍するアスリートやコーチの言葉からインスピレーションを受け、他の通訳者や会場担当者の方々からも多くを学ぶことができ、大変貴重な機会だったことは言うまでもありません。

東京オリンピックの通訳現場から 1

皆様こんにちは。MIIS2013年卒(CI専攻)、現在は母校で日英通訳を教えている森千代と申します。今回は東京2020オリンピック競技大会で日本語通訳を担当させていただいた6人のチームメンバーと一緒に、私たちのオリンピック通訳体験談を備忘録、回想録のような形でお届したいと思います。多少長くなるかと思いますがお時間のある方はぜひ参考にしてみてください。

7月23日の開会式を待たずに20日から始まったオリンピック競技。8月6日までの17日間、私たち日本語通訳チームは野球(男子)、ソフトボール(女子)、サッカー(男女)、バスケットボール(男女)、ホッケー(男女)、ハンドボール(男女)の6つの競技に参加した日本代表チームの記者会見で、日英・英日逐次通訳を担当しました。

1)準備

まず準備ですが、各自の通訳シフトが決まった直後から約3週間、各競技のルールや選手について様々な動画素材を用いて、毎日2時間チームで逐次通訳の練習をしました。今回はオリンピック史上初めてMS Teamsで記者会見の会場とつなげて通訳をリモートで行うことになり、いつも本学の授業で使っているZoomとは勝手の違うプラットフォームに慣れるため、毎日の練習もTeamsを使って行いました。

資料としては、競技ごとのルールや団体名などを網羅したワードリスト、各競技に参加する各国の選手・監督・コーチの情報リスト、記者会見に参加する各国の主要メディアのリスト、7人の通訳全員のシフト時間や会場の詳細がわかるマスタースケジュール等を作成して、すべてGoogle Driveでリアルタイムで共有しました。

資料を万全に準備した初回の現場。Photo Credit: Nick Kontje

2)記者会見当日

私たちが担当した記者会見は、数回を除いて殆どが試合後記者会見だったため、質疑応答の内容を正確に訳出するには実際の試合を観る必要がありました。ところが競技によっては日本やアメリカの主要テレビ局で放映されていないものもあり、各自が担当するすべての競技をライブ中継で見ることができるようにチーム内で情報交換し、有料アカウントに申し込むなど複数の方法で競技を開始からすべてライブで観戦できるようにしました。試合が始まるとLINEを使って、どの国でどのチャンネルでライブ中継をしているか情報交換をしました。

試合中は各国代表チームで活躍した選手、試合経過や得点の方法、試合のハイライト場面などを手元で記録したり、各メディアが報道する試合速報や東京オリンピック公式ウェブサイトにリアルタイムでアップデートされる結果の詳細を読みながら、試合を追っていきます。経験を重ねるごとに、試合を観ていると記者会見ではおそらくこんなことが質問されるだろうとか、今日の記者会見に登場するのはこの選手だろうというような予測がつくようになりました。

試合終了15分前くらいには記者会見場にログインして、接続確認や音声チェックをします。その後、各会場のVMM (Venue Media Manager) と呼ばれる担当者にその日の記者会見に登場する代表チームの順番や選手・監督の名前、どの代表チームに対してどの言語通訳が必要になるかなどを確認します。その間も試合の最後の場面や最終結果を見逃さないように、手元の別デバイスで中継を見たり速報を読んだりしました。

試合終了後20分(それ以上のことも多々ありました)ほどで記者会見場に各国代表チームの選手や監督が到着し、記者会見が始まります。オリンピック記者会見の共通言語は基本英語ですが、メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が英語ではない場合には、チーム言語と英語との両方向をそれぞれの言語の通訳チームが逐次通訳しました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が記者会見の共通言語である英語ではない場合などには、リレー通訳をしました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

通訳に慣れ資料が減った終盤の現場。Photo Credit: Nick Kontje

今回私にオリンピック通訳の依頼、そして通訳の数が足りないのでMIISの学生さんに声をかけてほしいという依頼が舞い込んだのは本番まであと6週間というタイミングでした。そこから急遽帰国を決め、帰国準備、PCR検査、帰国後2週間の自主隔離などバタバタしながらあっという間にオリンピック当日がやってきました。しかし、それよりも、今回のメンバーの中には日中フルタイムで社内通訳やインターンの仕事をし、その後にアメリカ時間の夜中や明け方に記者会見を担当するという、かなりのハードスケジュールをこなしたメンバーもいました。寝不足の続いた17日間だったと思います。本当にお疲れさまでした。

東京2020オリンピックはコロナ禍でのオリンピックということで、初めてリモート通訳を試みた、ある意味で歴史に残るオリンピックとなりました。コロナ禍という苦しい時間を世界中の人たちと共有し、一年間延期の後開催されたオリンピックだったこと、そして自分たちが通訳として各国代表チームの選手たちの声として世界へ向けてメッセージを伝えたことが相まって、かつて感じたことのないような深い感動を覚えた大会でした。選手や監督たちの通訳をしながら心が震え、涙が出そうになるのを必死に我慢しながら訳出したのは、私だけではないはずです。

このような貴重な大会に7人でチームワークを発揮することができたことは、素晴らしい夏の思い出になりました。また、毎日の練習や準備、そしてたくさんの記者会見の現場を通して、これからMIISの名を背負って立つプロ通訳を目指す学生さんたちの底力と可能性を垣間見ることができて、本当に頼もしく感じました。3年後のパリ2024オリンピックでまたチームを組むことができるように、これからも一緒に頑張っていきましょう!

次回は、日本語通訳チームのメンバー6人から寄せられたメッセージをご紹介します。

活躍するMIIS卒業生

今回は、MIIS卒業生が紹介されたブログや記事などをいくつかシェアします。

★まずは、今年度卒業したエリカ・エグナーさんについての記事です。エグナーさんはJETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)を経て、MIISで翻訳通訳、ローカリゼーション管理を学ばれました。(リンク先記事は英語です。)

http://sites.miis.edu/…/wisconsin-tokyo-kumamoto-monterey-…/

★同じく、今回卒業されたチェルシー・イナバさんについての記事です。イナバさんも本学で翻訳通訳、ローカリゼーション管理を学ばれました。

★次は、2017年の卒業生、土居可弥さん(翻訳通訳専攻)のインタビューです!土居さんは現在、テスラ・ギガファクトリーのパナソニックで翻訳・通訳のお仕事をされています。

日本語版: http://jp.vo1ss.com/2019/05/19/kaya-doi/
English Ver.: http://en.vo1ss.com/2019/05/19/kaya-doi/

★そして、通訳翻訳ジャーナル』最新号にMIIS卒業生の森田系太郎さん(会議通訳専攻)と加藤智子さん(翻訳通訳専攻)のインタビュー記事が載りました。MIISでの留学生活についての対談です。ぜひご覧ください!

★5月の米大統領夫妻の来日で通訳を担当されたのは、MIIS卒業生のレフテリ・カファトさん(大統領通訳)とウッド佳世さん(メラニア夫人通訳)です。下記に朝日新聞デジタルのリンクを載せていますので、ご覧ください。素晴らしいご活躍ですね!

https://www.asahi.com/articles/ASM5S4H7TM5SUTIL01F.html

卒業生インタビュー【加藤智子さん】

今回は、2015年にMIISの翻訳通訳修士課程(MA in Translation and Interpretation)を卒業されたあと、アメリカでご活躍中の加藤智子さんにお話を伺いました。

―はじめに、MIISの修士課程で学ぼうと思ったきっかけを教えていただけますか。

もともと翻訳を志していて、イギリスで文芸翻訳の修士号を取得したあと7年間ほどフリーランスとして翻訳のお仕事をしていました。ただ、イギリスの大学院では理論が中心で具体的な翻訳の訓練はほぼ皆無だったこともあり、どこかでしっかりと翻訳のスキルをつけ直したいという思いがずっとありました。それに加えて、通訳者として活躍している友人の影響もあって、通訳にもずっと憧れのような気持ちを持っていました。

MIISで学ぶことを本気で考え始めたのは、実際に出願を決心する半年ほど前です。MIISについては方々で耳にしてずっと気になっていたのですが、とてもレベルが高く厳しいプログラムという評判だったので、自分にはとうてい無理だろうと最初からほぼ諦めていました。それが、たまたま帰省中に再会した高校時代の恩師と話していた時に、あくまで世間話としてMIISの話題を出したところ、先生に「なんだかすごくその学校に行きたそうに聞こえるけど」とあっさり言われてしまい、そのおかげで自分が自信はなくとも通訳・翻訳を本格的に学びたいと思っていることに気付くことができました。その後すぐ、実際にモントレーを訪れて逐次通訳の授業を見学させていただいて、とにかくここで2年間挑戦してみようと決心しました。

―卒業後は、主にどのようなお仕事をされていらっしゃいますか。

卒業後は、まず3ヶ月間、スイスのジュネーブにある世界知的財産機関(WIPO)で英日翻訳のフェローシップに参加しました。WIPOのフェローシップは通常、他言語から英語への特許翻訳が中心なのですが、私の卒業時はちょうど英日翻訳のプロジェクトが進行中で、運良く機会をつかむことができました。もう一つ運が良かったのは、MIISで一緒に学んだクラスメートが同じ時期に同じプロジェクトに配属されていたことです。信頼する仲間とアイディアを出し合いながら協力して翻訳に当たる喜びは、何物にも代えがたいものでした。日々の仕事の後は、これも同時期にフェローとしてWIPOに滞在していたMIISの後輩も一緒に、湖のほとりでピクニックをしたり、無料のコンサートを聴きに行ったりと、夏のジュネーブを満喫することができました。翻訳者としての経験という意味でも、友人たちとの思い出作りという意味でも、とても良い夏を過ごすことができたと思います。

現在は、シリコンバレーのGoogle本社で翻訳・ローカライゼーション関連のお仕事をしています。国際色豊かな環境で最先端の技術に関わることができ、とても刺激的な毎日です。

このように、今のところ翻訳が中心になっていますが、長期的には翻訳と通訳、両方のお仕事を良いバランスで続けていければ理想だと思っています。

―MIIS在学中、インターンシップなどはされましたか。どんな経験だったか教えてください。

MIIS Blog_TK_01

同時通訳の実習

1年目の夏休みに、日系製薬企業で通訳インターンシップを経験しました。とにかく社内通訳の皆さんの技術の高さに圧倒され、そのお仕事ぶりを見学させていただくだけでもとても有意義な体験でした。通訳インターンとして定例の電話会議での逐次通訳を担当したのですが、最初は専門用語や社内用語の羅列に戸惑うばかりだったのが、MIIS卒業生でもある先輩通訳者の方々をはじめ多くの方に助けていただいて、なんとか最後までやり通すことができました。プロジェクト全体の流れやチームの構成が見えてくるにつれて少しずつ自分の通訳が変わっていくことを実感して、社内通訳の醍醐味を垣間見ることができた気がします。担当の会議以外にも、治験に関する専門的な会議に入らせていただいたり、後半には日本本社から来られていた40人の営業チームの皆さんを前にプレゼンを通訳する機会もいただいて、本番前の緊張や不安に始まり、通訳中の集中した状態の気持ちのよさ、やり終えた後に「ありがとう」と声をかけていただく嬉しさまで、現場でしか体験できない貴重な体験をさせていただくことができました。

―MIIS で学んだことが、いまお仕事にどう活かされているか、お聞かせください。

MIISに来る以前と比べて、仕事に向かう意識が根本的に変わったと感じます。MIISに来る前までは、どこかで翻訳という作業に対して甘さがあったと思います。それが、MIISの先生方の翻訳通訳に対する徹底した客観的な厳しさやプロ意識、そして情熱を目の当たりにして、自分もまだまだ経験が浅いとはいえ翻訳者、通訳者としてお仕事をする以上は同じような覚悟を持って仕事に当たらなくてはと自然に感じるようになりました。これは、現役かつトップクラスの翻訳者、通訳者の方々を教授陣に揃えるMIISだからこそ得られたものであり、一生の宝となる経験だったと思います。

Googleでのお仕事では、特にIT翻訳の授業で学んだことが具体的にたいへん役に立っています。訳出の正確さや読みやすさ、わかりやすさを追求することはもちろん、例えば指定されたスタイルガイドに沿って翻訳するような場合に、細かいところまで限りなく100%に近づけられるように最大限の注意を払う、という基本的な姿勢を、日々の授業や課題を通してしっかりと身につけることができたと感じます。

MIIS Glog_TK_02

プラクティカムの教授やクラスメートと

―MIIS の学生生活のなかで、一番思い出に残っていることは何ですか。

なんといっても、クラスメートや仲間と過ごした時間です。通訳の授業の準備で毎日カフェテリアで練習したり、つらい時は励ましあったりして、とてもリアルで密な人間関係を築くことができました。入学前のイメージでは、一人孤独に図書館にこもるような勉強を想像していたので、こうして思いがけず大切な財産を得ることができたことをなにより嬉しく思っています。それから、通訳のプラクティカム (実習授業) で、各言語の通訳志望の仲間たちと一緒に練習会を企画したり、時にはリレー通訳という形で一緒に通訳にあたったりしたのも、とてもいい思い出です。いつかまたあの時のみんなで、ブースを超えて一緒に通訳ができたらいいな、と思っています。

―入学希望者の方たちに、特にアドバイスがあればお願いします。

私のように、興味はあるけど自信がなくて出願を迷っている、という方がもしいたら、私を含めた卒業生に連絡を取って話を聞くなり、可能であれば実際に授業を見学するなりしてとにかく行動を起こしてみることをお勧めします。自分に合う世界であれば、必ずピンとくると思います。

MIISでは、技能や知識という意味で多くを学べることはもちろんですが、何より先生方や仲間達など、同じことに情熱を持つ多くの人に出会うことができますし、そのような出会いが不安を乗り越える大きな助けになってくれると思います。まったく自信のなかった私も、いろいろな人との出会いのおかげで、今になって振り返えれば「楽しかった!」という言葉しか出てこないぐらい、最高の2年間を過ごすことができました。前向きな興味を持って足を踏み入れるのであれば、MIISでの時間は必ずや有意義なものになると思います。

 

卒業生インタビュー【ジョナサン・マイケルズさん】

今回は、2010年の卒業生ジョナサン・マイケルズさんにお話を聞きました。ジョナサンさんは、MIISの翻訳通訳修士課程(MA in Translation and Interpretation)を卒業され、現在は日本でフリーランス翻訳者として活躍されています。

―MIISに入学する学生は文系の人が多いのですが、マイケルズさんは大学で日本語だけでなく、電子工学・コンピュータ科学を専攻されたと伺っています。大学卒業後、理系の道に進むかわりに、MIISの修士課程で日本語の通訳翻訳を勉強しようと思ったきっかけを教えていただけますか。

一つ目のきっかけは大学3年と4年の間の夏のことでした。コンピューター・アニメーション制作会社のピクサーでインターンシップをしていたのですが、ある日、同期のインターンに、暇な時間の過ごし方について聞かれました。うちに帰っても週末でもピクサーでの仕事と同じようにCGモデル作りなどに励んでいた彼とは対照的に、僕は暇の大部分を日本語の勉強に充てていると答えたのですが、そのときから悩み始めました。趣味をキャリアにしようとしていた彼にとって、コンピューター・アニメーションは明らかに天職でしたけれど、自分はどうなのかなと。その何気ない世間話的な質問がきっかけとなって、高校で勉強を始めたときからすごく楽しいと思ってやがては最大の趣味となっていた日本語を仕事にできたらいいなと思うようになりました。

「一つ目のきっかけ」と書いたのは、そのときはまだどういう形態で日本語を仕事にできるか見当もつかなかったからです。「翻訳」について考えたことはほとんどなくて、あったとしても僕よりクリエイティブな人じゃないとできなさそうな文学翻訳だけであって、それ以外の翻訳は職業として存在することさえ知らなかったと言ってもいいぐらい視野になかったのです。そこでとりあえず、日本の文科・外務・総務各省が運営している、いわゆるALT(「外国語指導助手」)やCIRと呼ばれる国際交流員を自治体などに斡旋するJETプログラム(「外国語青年招致事業」)に応募してみました。同プログラムへの参加は最高5年までとなっていて、キャリアではなく別の何かへの踏み台にしかなれないのですが、受かったところで終わった後どうするか分からないまま応募したわけです。

幸い、茨城県庁にてCIRとしての配置が決まったときとそこへの出発との間に、去年のご退職まで長い間MIISの進路相談室の中心的存在となっていたジェフ・ウッドさんによる、「International Careers」というような題名の説明会が僕の大学のキャンパスで開かれました。本当にたまたま、用事と用事の間に1、2時間つぶす必要があったときにその説明会を宣伝する張り紙が目に入って、軽い気持ちで行ってみたのですが、終わった頃にはもう将来の形が見えていました。説明会の題目はある程度名目だけで、実質的にはMIISそのものについての説明会でした。職業としての翻訳やMIISの就職サポートについての説明もあって、どう始めたらいいか分からない人が翻訳の道に進むにはMIISが最適だということがよく分かりました。つまり二つ目のきっかけも、その説明会に参加してみたという、最初は何気なかったことでした。

―卒業後は、主にどのようなお仕事をされていらっしゃいますか。大学で理系を専攻したことが、どのように役立っていますか。

在宅で翻訳をやっています。形式上はフリーランスですが、今は仕事の9割以上が、特許などを扱う国連の機関であるWIPO(World Intellectual Property Organization=世界知的所有権機関)からの翻訳なので、ほとんど専属のようなものです。具体的には、今は主に「特許性に関する報告書」という、日本の特許庁にいる特許審査官が特許の出願書を見て特許になれそうかどうかの見解を書いた文書を、日本語から英語に訳しています。

その文書の内容はみんな技術的なものですが、その技術分野は、例えば自動車用の無段変速機から、線維筋痛の治療薬や紙おむつに至るまで、本当に様々です。なので大学で勉強したコンピュータ科学を直接活かせるときもありますが、そうじゃないときのほうが多いです。でも学校で勉強していない技術分野のときでも、大学で育った(というよりもともとあったから一旦その道に進んだ?)理系の頭が役立っているような気もします。

―MIIS在学中、インターンシップなどはされましたか。どんな経験だったか教えてください。

1年目と2年目の間の夏に、上述のWIPOの拠点であるジュネーブに行って、同機関で約3ヶ月間のインターンシップをやらせていただきました。ジュネーブの公用語であるフランス語がほとんど分からなくて生活面での苦労は少しありましたが、職場では、翻訳に対する熱意を共有してくれて、そして温かく接してくれる同僚・上司や、(同じくMIISからの)仲の良い同期に囲まれて、毎日が楽しかったです。

風船

誕生日の上司のオフィスを風船で埋め尽くそうと風船を膨らませているインターンたち

今やっているのとほとんど同じ仕事をやっていましたが、インターンシップでは毎日のように細かい指導をいただいて、非常に勉強になりました。直される点が週ごとに減って、特許系の翻訳に慣れてくるのを本当に実感できました。

―MIIS で学んだことが、いまお仕事にどう活かされているか、お聞かせください。

授業中やクラスメートとの勉強会で、練習に練習を重ねたり、望まれる翻訳とは何かを議論したり、具体的な用語や構文への対処法を話し合ったりすることで育んだ翻訳脳が今役に立っているのはもちろんのこと、僕の場合はもっと直接的な意味でMIISに行かなかったら今の仕事に就くことができませんでした。というのは、現状では翻訳会社を介せずに直接WIPOから翻訳仕事を受けられるのは翻訳の修士課程を修了している人だけだと聞いたと思いますし、MIISの卒業生がそうしている人の結構大きな割合を占めている気がします。

また、翻訳そのもの以外にも、お得意先とのやり取りでの留意点や、見積書や請求書の作成の仕方など、翻訳のビジネスを運営する上で必要になる諸々の付随業務についても学んで練習したおかげで、より自信を持って卒業直後にフリーランスに踏み切ることができました。

―MIIS の学生生活のなかで、一番思い出に残っていることは何ですか。

これは難しいなー。やっぱり濃い2年間だったので、思い出はいっぱいあります。お好み焼きパーティーや天ぷらアイスパーティーなど、クラスメートのアパートでの数々のパーティーや、追い出しコンパでジャスミン役になってアラジン役の女性のクラスメートと一緒に『ホール・ニュー・ワールド』を披露したとき、数人でATA(American Translators Association=米国翻訳者協会)の年次会議に出席するためニューヨークに行ったとき、ブースメートの都合が急に悪くなった先生から大きな会議での通訳の補欠を頼まれて、緊張のあまり、代わりが見つかったからいいという旨の電話が来るまでの半日間食べ物を一切口にできなかったとき、ドイツ語プログラムの学生との合同通訳練習など……

お好み焼き

T&IJ ’10のクラスメートと

でも敢えて一番思い出に残っているエピソードを選ぶとしたら、ちょいダメな学生みたいに聞こえるかもしれませんが、日本語プログラムの学生だけじゃなくて翻訳通訳の学生全員(かな?)で受講する講義があって、ある日のその講義の直前にクラスメートの一人が少し体調を崩して休むことにしたから、全員一致で一緒に休むことにして、1時間だけ多忙のなかのゆったりとした時間を一緒に過ごしたときです。もちろんサボりはいけない、とここで書いておきますが、今も健在な、クラスメート同士の絆の強さを実感できたひとときでした。

―入学希望者の方たちに、特にアドバイスがあればお願いします。

入学までの道のりは人それぞれ過ぎて広く当てはまるアドバイスができる自信がないので、もう入学した前提でのアドバイスです。

翻訳はある程度一人で集中してやる必要があるかもしれませんが、お互いの草稿の校正や改善提案ができますし、何よりも通訳やサイトラ(サイト・トランスレーション=紙や画面上の文章を読んで口頭で訳すこと)は、2年間の間なるべく沢山クラスメートと一緒に練習したほうがいいです。お互いから学べることがたくさんあるはずですし、そして一生の友達になるかもしれません。

以上です!ここまで読んでくださって、お疲れ様でした!そしてありがとうございました。

新学期に向けて

冬休みが終わり、来週から春学期が始まります。今日は1年生の土居可弥 さんに、秋学期を振り返った感想を書いていただきました。

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皆さま、こんにちは。 もうすぐ春学期が始まろうとしていますが、1年生の秋学期について振り返りたいと思います。

まずは勉強面です。MIISに来る前、授業は職業訓練をイメージしていましたが、実際に1学期終えてみると、通訳と翻訳を通して教養をつけるアカデミックな部分も大きかったように感じています。それぞれのクラスであらゆるトピックが出てくるので、そのためにリサーチをし、クラスメイトとも話し合う中で、そのトピックに対して共感が強まる瞬間がありました。特に、秋学期は安全保障問題や沖縄の基地問題も大きく取り上げられていた時期です。このようなニュースについて話し合えるのは海外にいながら、日本とのつながりを感じる時間でもあり、遠く離れている分、それだけ強く感じたものがありました。通訳・翻訳を軸に、今まで知らなかったことをより身近に感じ、学べることは大きな気づきでした。

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キャンパス近くのカフェ

またクラスメイトとはもちろん、学年や学部を超えた交流があることにも感謝しています。MIISはプロフェッショナルなイメージが強かったので、職務経験が浅い私が、上手く馴染めるか不安でした。MIISに来てみると、自分のような人もいれば、様々なところでボランティアや職務経験を積んできた人が多く、どの人も気さくにいろんなお話を聞かせてくれます。特にクラスメイトは、モントレーにいる家族のような存在です。たいてい、授業で通訳の実技をする時には、誰かが「頑張って!」と声をかけてくれて、そのおかげで緊張がほぐれます。2年生の先輩も、私たち以上に忙しいのにもかかわらず、授業外で練習を一緒にしてくださったり、ブランチやホームパーティに呼んでくださったりします。一人一人のMIISに来るまでの道のりや思いを聞くと、自然と自分が一緒にこのタイミングで入学できたことをありがたく思えます。

このような恵まれた環境にいながらも、やはり新しいライフスタイルに慣れる上でのストレスもたくさんありました。身体と心の健康管理をするための息抜き探しも秋学期の大きなテーマでした。そのような中、今学期初挑戦したヨガとメディテーションは大きな支えになりました。

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海辺のアザラシ

例えば、“Mindfulness for Interpreters”というクラスで、メディテーションを実践しながら、通訳者のメンタル・ケアについて理解を深めていきました。もともと通訳と感情移入について興味があった私にとって、このクラスはぴったりでした。メディテーションはとても落ち着き、また他の言語の通訳の学生と日々のストレスについて一緒に振り返り、クラスや生活での気づきについて率直に話し合えたのは大きな励みになりました。

また、ヨガの免許を持つMIISの学生が週2回教えているヨガのクラスもリラックスできるひとときになりました。身体が温かくなり、気分が落ち着き、再び頑張る意欲も出てきました。特にメディテーションでもヨガでも「呼吸」を意識するきっかけになり、リラックスしたい時はもちろん、通訳をする前に集中したい時にも重要なのが肌身でわかりました。ヨガ、メディテーション、また他にMIISで開講されているズンバ・レッスンなど、私のような初心者でも大歓迎なので、ぜひMIISにいる間にとることをおすすめします!

あっという間に、新学期がもうじき始まります。MIISに入学してからはもちろん、入学するまで様々な面で支えてくださり、背中を押してくださった皆様に心より感謝しています。その感謝を忘れずに、今後も精一杯努力しながら、学生生活を充実させていきたいと思います。