卒業生インタビュー【土方奈美さん】

MIISには、2 年次に飛び級入学し 1 年間で修士号を取得できる、「アドバンス・エントリー」という制度があります。翻訳や通訳の実務経験があり、規定の試験に合格することが条件です。

今回は、この制度を利用してMIISに留学された土方奈美さん(2012年卒)にお話を伺いました。土方さんは、『How Google Works(ハウ・グーグル・ワークス)私たちの働き方とマネジメント』(日本経済新聞出版社)、『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』(文藝春秋)、『TED驚異のプレゼン 人を惹きつけ、心を動かす9つの法則』(日経BP社)など、多数の訳書を手がけていらっしゃいます。

―今日はお忙しいなか、ありがとうございます。まず、土方さんが MIIS 留学を決めた理由を教えていただけますか。

忘れもしない2010年の大晦日、「来年はいよいよ40歳になるな」とぼんやり考えていました。人生のほぼ折り返し地点を迎えるにあたり、後半戦を有意義に生きるために自分をバージョンアップしたい、そうだ留学しよう、と思い立ちました。アメリカの大学院留学は学生の頃からの夢だったのですが、20~30代は仕事にかまけて忘れていました。今こそチャレンジする時期だ、と思ったのです。

では留学して何を学ぶか、と考えた自然な結論が翻訳でした。その3年前に新聞社を退社し、翻訳家として独立したのですが、きちんと翻訳を学んだことがなく我流でやっていて、これで良いのだろうかと不安がありました。また前職が経済記者だったため、書籍は経済関係の作品しか仕事の依頼がなく、もう少し間口を広げたいと思っていました。翻訳・通訳教育では高い評価を得ているMIISに留学して本格的に翻訳を学べば、仕事の機会も広がるのではないかと考えました。

―現在、主にどのようなお仕事をされていらっしゃいますか。

書籍翻訳と通訳が2本柱です。翻訳者は産業翻訳と書籍翻訳、通訳者の方は主に通訳という働き方が一般的なので、珍しいコンビネーションかもしれません。

書籍翻訳はMIIS留学前と同じように経済、ビジネス書が多いのですが、少しずつやわらかいテーマの作品も依頼されるようになっています。年間に3~4冊ペースが理想ですが、突然おもしろそうな企画が持ち込まれると無理してでも引き受けてしまうのでいつも首がまわらない状況です(笑)。

ただ翻訳だけですと、1日家族以外誰とも口をきかない生活で煮詰まってしまうので、1年ほど前にMIISのネットワークを通じて電力会社での社内通訳の仕事を見つけ、週3日働きはじめました。原子力発電の安全性を高めるために、海外から招聘されたアドバイザーの方の専属通訳をしており、毎日が新たな学びの連続で刺激を受けています。

―MIIS で学んだことが、いまお仕事にどう活かされているか、お聞かせください。

私はアナログ人間なので、ITを生かして翻訳作業をどのように効率化していくかという授業は目からウロコというか、とても勉強になりました。学んだスキルは今も仕事に活かしていますし、新たな技術を取り入れてどのように仕事の質を高めていくかという視点を常に持つようになったのもMIISの収穫だと思います。MIISの授業はどれも実践的なのですが、特に印象深いのは翻訳理論の研究者として名高いアンソニー・ピム教授の翻訳演習で、翻訳メモリを使うのとゼロから人力で翻訳するのとではどちらが速さと質の面で優れているかを実験を通じて検証するなど、仕事をしていくうえで多くのヒントをいただきました。

また授業で学んだことと同じくらい、MIISの人脈が仕事に活きています。翻Samson Center訳をしていると、どうしてもわからない表現がときどき出てくるのですが、それを同じ言語のプロとして仕事をしている元クラスメートに尋ねられるというのは心強いです。フェイスブックやリンクトインのネットワークを通じて求人情報もよくシェアされるので、今後のキャリアを考えるうえで参考にしています。

―学生時代は、どんなことに力を入れて過ごされていましたか。

一番頑張ったのは修士論文の執筆です。私が執筆した論文は、選んだ作品の一部を翻訳し、それに理論的考察を加えるというスタイルのものです。翻訳家としての芸域を広げるために留学したので、翻訳する作品にはアメリカのインディーズ作家のファンタジーを選びました。一般科目を履修するかたわら、半年程度で論文を書き上げるのは大変でしたが、担当していただいた先生から細かなご指導をいただき、自分の翻訳スキルの足りない点を自覚することにつながりました。研究成果は教授のご紹介で日本通訳翻訳学会で発表する機会もいただき、貴重な経験になりました。

―MIIS の学生生活のなかで、一番思い出に残っていることは何ですか。

言語のプロとして活躍される教授陣やプロを目指す学生仲間に囲まれている環境を活かしたいと、在学中は日経ビジネスオンラインというネットマガジンに『ニュースで読み解く英語のツボ』という連載を書きました。たとえば有名社長が解雇されたとき、英字メディアが使ったsack/ oust/ fire/ dismiss/ dump/ ditchなどの単語を比べ、日本語では同じ「解雇」でも英語ネイティブが受ける印象はどのように違うかを分析するといった企画です。連載記事を20本書くために、同級生や卒業生、先生方にたくさんのインタビューをしたのがとても勉強になりましたし、良い思い出になりました。

―土方さんは、お子さんを連れて留学されましたが、お子さんにとって、どのような経験になりましたか。

留学時、長男は9歳、次男は5歳で、それぞれ地元の公立小学校4年生と幼稚園年長に入りました。
2人とも英語力はゼロでしたが、小学校も幼稚園もESL(英語を外国語とする生徒のための補習授業)が充実しており毎日少人数の英語レッスンが受けられたうえ、雰囲気も落ち着いていてすぐになじむことができました。放課後も夕方5時まで1時間5ドル程度で子供を預かってくれる制度もあり、おかげで夫を日本に残して“シングルマザー”としての子連れ留学でも勉強に打ち込むことができました。

私がMIISに2年生から編入したため、わずか1年弱のアメリカ滞在でしたが、子供たちには日本とは違う暮らし方、価値観があることを学ぶ貴重な機会になったと思います。

―MIIS の入学希望者のなかでも、すでに翻訳や通訳の実績がある人や、お子さんと一緒に留学をしたい人に、特にアドバイスがあればお願いします。

すでに翻訳者や通訳者として活躍されている方々は、1年間現場を離れることに対して「顧客を失うのではないか」といった不安も感じられることと思います。ただ実力が認められれば「アドバンス・エントリー」という制度を使って2年生から編入し、1年で修士号を取ることもできます。また翻訳者の方は、在学中も学業と並行して多少仕事を続けることは可能だと思いますし、私も実際に日本のクライアントとの仕事を細々と続けていました。自己流の仕事のやり方を見直してレベルアップしたり、将来につながる人脈をつくるために、長いキャリアのうち1年を投じてみるのは悪くないと思います。Monterey Beach

お子さんと一緒の留学については、お子さんが性格的に海外生活になじみやすいかどうかによって、親の負担は大きく変わると思います。私の場合は2人とも能天気な性格で「学校に行きたくない」と言われることもなく、おまけに大した病気もしなかったので、ずいぶん楽をさせてもらいました。いずれにせよモントレーは治安もよく、人も穏やかで、子連れ留学をする地域としては強くお勧めできます。