在学生インタビュー【カトリン・ラーセンさん WIPOインターンシップについて】

MIISでは、毎年スイスの世界知的所有権機関(WIPO)でインターン翻訳者として働く学生がいます。今回は、WIPOから帰ってきたばかりのカトリン・ラーセンさん(翻訳・通訳修士課程2年生)に感想を伺いました。

―今日はお時間をいただきありがとうございます。カトリンさんはこの夏3ヶ月間、WIPOでインターン翻訳者としてご活躍されましたが、まず、MIISにいらっしゃる前はどのようなお仕事をされていましたか。

私は子供のころからアメリカで育ったのですが、日本に興味を持っていました。初めて日本語を勉強できたのはスタンフォード大学に入学してからで、その後、日本語に関わる仕事をしたいと考えました。大学を卒業してからすぐ日本に引っ越し、日本のモバイルインターネット企業DeNAで海外人材の採用を担当していました。この時に面接の通訳をする機会に恵まれて、初めて通訳という仕事を実際に体験できました。

WIPO Geneva

スイスのジュネーブにあるWIPO外観

1年半を少し過ぎた時点でアメリカに帰り、身についた日本語を使って、サンフランシスコにある同社の子会社で日本人の経営陣とIRチームのサポートなどをしていました。
IRチームの仕事関連で通訳の業務が増えて、社内全社ミーティング、社外の投資家との会議など、いろいろな場面で通訳をする機会がありました。しかし、通訳の訓練を受けたことがなく、自分の通訳はかなり未熟なものだと実感しましたので、さらにスキルを磨きたいと考え、MIISで勉強することに決めました。

―今回のWIPOのインターンシップでは、具体的にどんな翻訳のお仕事をされていらっしゃったのでしょうか。

簡単に言いますと特許の日英翻訳です。世界の多くの国から特許がWIPOに提出されて、そのすべてを英語とフランス語に翻訳する必要があり、私の場合は日本からの特許の要約と特許庁が作成している国際予備審査報告を英訳していました。かなり独特なスタイルが特徴で、慣れるのに大変でした。さらに、専門性の高い内容ばかりで、原文を理解するために当該分野の知識を身に付ける必要がありました。日本の特許は幅広い分野で申請されているので、自動車をはじめ、あらゆる製造方法、製薬、半導体など一般的な分野の発明から、ゲーム内で不法にアイテムを盗めないようにするシステムなど、様々な発明に触れることができました。特に多かった自動車と半導体の分野では、資料を引用しなくても詳しく説明できるようになったような気もしています(修理はさすがに無理ですが)。

Matterhorn

マッターホルンを背景に

プロセスとしては、まず原文を読み、わからないことや確認する必要がある箇所を関連資料で確認しながら翻訳をしました。出願書の要約のみを翻訳していましたが、WIPOでは出願書を全部見ることができましたので、請求の範囲などを見ることが理解にかなり役立ちました。書き終わったらドラフトを数回読み返し、英語で意味が通じているのか、意味がずれていないか、数字や複数形が合っているかなど確認をしてから修正担当者に提出します。修正担当者は全員WIPOの非常に優れた英日翻訳チームで、特許に大変詳しい方々です。その方々から修正箇所の指摘や全体のフィードバックをいただいて、自分の翻訳を修正してから最終提出をしました。たまには「練習」という形で、間違ってはいないけれど、よりきれいに表現できるはずという箇所の指摘を受け、いくつか可能な翻訳を考え、そのメリット・デメリットを議論しました。大変なときももちろんありましたが、そのおかげで便利な表現と文法構造を学ぶことができました。

―インターンシップでは、そのほかにどのような学びがありましたか。

私にとっての一番の気づきは、他の人にとっては目新しいことではないかもしれません。日本語を書く人はほぼ全員日本語のネイティブなので誰でも上手に書け、当然間違いなどしないものだとなぜか思い込んでいましたが、今回の経験で自分の思い込みが間違っていたことに気づきました。質の高い原文ももちろんありましたが、漢字の変換ミス、コピー・貼り付けの間違い、曖昧に書かれていて意味が通じないものもたくさんあり、そのような文章にどう対応するかで力を試されました。

また逆に、私は英語ネイティブなので、英語で書くときは言いたい意味が通じていると自分が思っていれば、それはまったく問題なく通じているのだと勝手に自信を持っていましたが、テクニカルな分野の書き方にはそれなりのコツがあることがよくわかりました。「口では通じるけれど書く場合は使えない」、「意味はわからなくはないけれど曖昧過ぎてテクニカルなものに相応しくない」というフィードバックには、少しプライドが傷つくこともありましたが、そのおかげでテクニカルな書き方を学ぶとっかかりができたと思います。まだまだですが、これからそのスキルを磨き続けたいと思っています。

―それでは最後に、MIIS で学んだことがインターンシップでどう活かされたか、お聞かせください。

UN Broken Chair

国連広場「壊れた椅子」の彫刻

私は2年目で学ぶテクニカル翻訳の授業をまだ履修していませんでしたが、毎回の翻訳の課題でわからないことをすべて調べきり、利用する表現を全部徹底的に調べるように指導してくださったMIISの先生に感謝しています。特に特許の要約は短いですが、すべての言葉に意味が込められており、その意味と意図をつかんで、そのすべてが英語で正しく反映されているかを確認するのが極めて大事です。長々と続く文章や複数形の曖昧さなどは日本語の特徴で、どの部分がどこにかかっているのか、ある部分は一つだけか複数なのかなどは、原文だけではわからない場合が多かったので、出願書や当該分野について調べる必要がありました。実際に翻訳を勉強し始める前には、翻訳というのは文章だけを見て訳すものだと思っていたのですが、特許翻訳を通じて専門知識やリサーチの必要性を痛感しました。

特に私が苦労したのは言葉が二重の意味を持つ場合です。日本語の原文を理解し、その意味に合った英訳を書き、訳自体は間違ってはいませんでしたが、英語の表現に二つの意味があったことに気づかない場合がありました。こういったケースは特許では特に問題になりますので、英語を母語としていても、テクニカルなものを書くときにはとりわけ注意しなければいけない点があることを把握して書く必要性が、よくわかりました。