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東京オリンピックの通訳現場から 2

今回は、日本語通訳チームのメンバー6人から寄せられたメッセージをご紹介します。

左上段から、エリカ・エグナー、ニコラス・コンチー、森千代、丹羽つくも、大社理恵、金千雪、小松原奈那子

★金 千雪(T専攻1年)

この夏、東京オリンピックのジュニア通訳を務めることができ、嬉しく思います。初めての逐次通訳の仕事で非常に不安でしたが、それ以上に多くのことを学べました。語彙力や知識を増やせたのはもちろんですが、一番大きな収穫は通訳者として「伝える」こととその責任を意識できたことだと思います。今までは動画を使って勉強してきたので、スピーカーが意思のある個体だという実感が薄かったのですが、色んな選手と監督の思いや覚悟、考えを現場で聞くことができ、それを伝える責任の重さと自分の未熟さを深く感じました。当たり前のことではありますが、初めて本当の意味でスピーカーの言葉を尊重できたと思います。また、応募を渋っていた時に背中を押してくれたり、シフトが少ない私に仕事を譲ってくれたり、自分の担当ではないスポーツでも練習に付き合ってくれたりと、素晴らしい仲間と先生に恵まれていることを改めて実感した1か月でした。

エリカ・エグナー(T専攻2019年卒)

東京オリンピックでジュニア通訳として働く機会を得たことを大変光栄に思っています。昔から大好きだったオリンピックへの愛情とMIISで身につけた技術をこの形で組み合わせられるとは、想像もしていませんでした。柔軟性も責任感も求められた今回のチャレンジを通して、ほとんど何も知らなかったスポーツのことをたくさん学び、長年尊敬してきた選手たちの言葉を世界に伝えることができました。ときには喜びで興奮した、ときには落ち込んだ監督や選手の言葉を適切に訳出する大きな責任を感じました。2年前にMIISを卒業してからほとんど通訳していない私は、緊張感を覚えることもありましたが、MIISの在校生・卒業生の応援と激励を受けて頑張ることができて、ありがたかったです。日本のスポーツの魅力を世界に伝えられる一生忘れられない素晴らしい体験でした。

小松原奈那子(TI専攻年)

今回、オリンピック記者会見の通訳をする機会を頂けてとてもいい経験になりました。私自身、翻訳通訳の経験がないまま大学院へ入学したため、練習ではない、授業でもない、しかもお金をいただいて披露する通訳というのはこのオリンピックの舞台が初めてでとても緊張しました。ですが、自分が練習してきたことを自信を持って思いっきり出せる場に立てた、一生に一度のような大イベントに携わる機会をいただけたこと、自分が幼い頃から見ていた選手・スポーツに対して通訳として関われた事実から緊張を余裕で上回るほど楽しかったです。また、今回のオリンピックはリモートでの通訳、しかも逐次通訳という初の試みで、私たちも会場側も手探りから始まり、お互いに連携して会見を成功へ導くという経験・プロセスはとても貴重なものだったと思います。普段からも運営側と連携を取ること、柔軟な対応が出来ることの重要性が深く身に染みました。この経験を通して自分にとって様々なものが見えてきたと思いますので、ここで感じたことを忘れずにしっかりと次へ繋げていきたいと思います。

ニコラス・コンチー(TI専攻1年)

今回リモート通訳としてオリンピックに参加できたことを本当に光栄に思っています。通訳を勉強し始めてから一年も経っていない未熟な私が、この歴史的な大会に通訳として参加して本当に大丈夫なのか不安もありましたが、それと同時に、通訳を必要とする記者会見参加者の皆さん、採用してくださった担当者の皆さん、そして通訳チームメンバーからの期待に応え、恩返しをしたい気持ちも強く感じていました。本番の環境で感じたやりがいと責任感は、今後の通訳キャリアにとって大きなモチベーションにつながると確信しています。監督や選手たちの言葉を借りれば、今回はチーム一丸で取り組み、最高の結果を残すことができたと思います。通訳チームの皆さん、本当にお疲れ様でした。3年後のパリ・オリンピックを目指して頑張りましょう!

大社理恵(CI専攻2021年卒)

今回はオリンピック史上初のリモート逐次通訳をするということで大変貴重かつ記憶に残る体験をすることができました。通訳者だけでなく、開催者側も、通訳ユーザー側も初めての試みということから通常のリモート通訳をするよりも会場にいる開催側のスタッフとの連携や不測の事態に備えての柔軟性と冷静な判断が必要となり、自身の通訳者としての質を試される良い経験になったと思います。監督や選手たちの試合の感想や想いを通訳することは普段通訳するビジネス会議とは異なり、とても新鮮で、刺激にもなりました。きまぐれから今回のオリンピックの通訳案件に応募しましたが、普通ならば聞くこと、見ることができない監督や選手の話やメディアとのやりとりを、聞くだけでなく通訳することができ本当に良かったです。

丹羽つくも(CI専攻1年)

ある会場にて、私たちリモート通訳は「天の声」と呼ばれていたそうです。実際の記者会見場にて、選手や監督のコメント、記者の方達の質問などを、リモート通訳の私たちがMicrosoft Teamsを介して逐次通訳をし、それが会場のスピーカーで流れることから、そのあだ名(異名?)が付きました。「天の声」。それは栄誉でもあり、責任でもありました。今まで全く手の届かない存在だった日本代表の監督や選手たちが私の声を聞いていると考えると、夢のようで、鳥肌が立ちました。その一方で、世界中の強豪チームと戦う人たちの言葉は全て重くて、同等の経験が全く無い素人の私にとって、彼らの発言の意味合いを汲み取って適切に訳出することは簡単ではありませんでした。また、通訳を必要とする記者の皆さんには私たちの訳出=スピーカーの言葉となるため、スピーカーの印象を天から操ることが出来るという重大な責任を感じました。日本中、世界中が注目する舞台で活躍するアスリートやコーチの言葉からインスピレーションを受け、他の通訳者や会場担当者の方々からも多くを学ぶことができ、大変貴重な機会だったことは言うまでもありません。

東京オリンピックの通訳現場から 1

皆様こんにちは。MIIS2013年卒(CI専攻)、現在は母校で日英通訳を教えている森千代と申します。今回は東京2020オリンピック競技大会で日本語通訳を担当させていただいた6人のチームメンバーと一緒に、私たちのオリンピック通訳体験談を備忘録、回想録のような形でお届したいと思います。多少長くなるかと思いますがお時間のある方はぜひ参考にしてみてください。

7月23日の開会式を待たずに20日から始まったオリンピック競技。8月6日までの17日間、私たち日本語通訳チームは野球(男子)、ソフトボール(女子)、サッカー(男女)、バスケットボール(男女)、ホッケー(男女)、ハンドボール(男女)の6つの競技に参加した日本代表チームの記者会見で、日英・英日逐次通訳を担当しました。

1)準備

まず準備ですが、各自の通訳シフトが決まった直後から約3週間、各競技のルールや選手について様々な動画素材を用いて、毎日2時間チームで逐次通訳の練習をしました。今回はオリンピック史上初めてMS Teamsで記者会見の会場とつなげて通訳をリモートで行うことになり、いつも本学の授業で使っているZoomとは勝手の違うプラットフォームに慣れるため、毎日の練習もTeamsを使って行いました。

資料としては、競技ごとのルールや団体名などを網羅したワードリスト、各競技に参加する各国の選手・監督・コーチの情報リスト、記者会見に参加する各国の主要メディアのリスト、7人の通訳全員のシフト時間や会場の詳細がわかるマスタースケジュール等を作成して、すべてGoogle Driveでリアルタイムで共有しました。

資料を万全に準備した初回の現場。Photo Credit: Nick Kontje

2)記者会見当日

私たちが担当した記者会見は、数回を除いて殆どが試合後記者会見だったため、質疑応答の内容を正確に訳出するには実際の試合を観る必要がありました。ところが競技によっては日本やアメリカの主要テレビ局で放映されていないものもあり、各自が担当するすべての競技をライブ中継で見ることができるようにチーム内で情報交換し、有料アカウントに申し込むなど複数の方法で競技を開始からすべてライブで観戦できるようにしました。試合が始まるとLINEを使って、どの国でどのチャンネルでライブ中継をしているか情報交換をしました。

試合中は各国代表チームで活躍した選手、試合経過や得点の方法、試合のハイライト場面などを手元で記録したり、各メディアが報道する試合速報や東京オリンピック公式ウェブサイトにリアルタイムでアップデートされる結果の詳細を読みながら、試合を追っていきます。経験を重ねるごとに、試合を観ていると記者会見ではおそらくこんなことが質問されるだろうとか、今日の記者会見に登場するのはこの選手だろうというような予測がつくようになりました。

試合終了15分前くらいには記者会見場にログインして、接続確認や音声チェックをします。その後、各会場のVMM (Venue Media Manager) と呼ばれる担当者にその日の記者会見に登場する代表チームの順番や選手・監督の名前、どの代表チームに対してどの言語通訳が必要になるかなどを確認します。その間も試合の最後の場面や最終結果を見逃さないように、手元の別デバイスで中継を見たり速報を読んだりしました。

試合終了後20分(それ以上のことも多々ありました)ほどで記者会見場に各国代表チームの選手や監督が到着し、記者会見が始まります。オリンピック記者会見の共通言語は基本英語ですが、メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が英語ではない場合には、チーム言語と英語との両方向をそれぞれの言語の通訳チームが逐次通訳しました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が記者会見の共通言語である英語ではない場合などには、リレー通訳をしました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

通訳に慣れ資料が減った終盤の現場。Photo Credit: Nick Kontje

今回私にオリンピック通訳の依頼、そして通訳の数が足りないのでMIISの学生さんに声をかけてほしいという依頼が舞い込んだのは本番まであと6週間というタイミングでした。そこから急遽帰国を決め、帰国準備、PCR検査、帰国後2週間の自主隔離などバタバタしながらあっという間にオリンピック当日がやってきました。しかし、それよりも、今回のメンバーの中には日中フルタイムで社内通訳やインターンの仕事をし、その後にアメリカ時間の夜中や明け方に記者会見を担当するという、かなりのハードスケジュールをこなしたメンバーもいました。寝不足の続いた17日間だったと思います。本当にお疲れさまでした。

東京2020オリンピックはコロナ禍でのオリンピックということで、初めてリモート通訳を試みた、ある意味で歴史に残るオリンピックとなりました。コロナ禍という苦しい時間を世界中の人たちと共有し、一年間延期の後開催されたオリンピックだったこと、そして自分たちが通訳として各国代表チームの選手たちの声として世界へ向けてメッセージを伝えたことが相まって、かつて感じたことのないような深い感動を覚えた大会でした。選手や監督たちの通訳をしながら心が震え、涙が出そうになるのを必死に我慢しながら訳出したのは、私だけではないはずです。

このような貴重な大会に7人でチームワークを発揮することができたことは、素晴らしい夏の思い出になりました。また、毎日の練習や準備、そしてたくさんの記者会見の現場を通して、これからMIISの名を背負って立つプロ通訳を目指す学生さんたちの底力と可能性を垣間見ることができて、本当に頼もしく感じました。3年後のパリ2024オリンピックでまたチームを組むことができるように、これからも一緒に頑張っていきましょう!

次回は、日本語通訳チームのメンバー6人から寄せられたメッセージをご紹介します。