東京オリンピックの通訳現場から 1

皆様こんにちは。MIIS2013年卒(CI専攻)、現在は母校で日英通訳を教えている森千代と申します。今回は東京2020オリンピック競技大会で日本語通訳を担当させていただいた6人のチームメンバーと一緒に、私たちのオリンピック通訳体験談を備忘録、回想録のような形でお届したいと思います。多少長くなるかと思いますがお時間のある方はぜひ参考にしてみてください。

7月23日の開会式を待たずに20日から始まったオリンピック競技。8月6日までの17日間、私たち日本語通訳チームは野球(男子)、ソフトボール(女子)、サッカー(男女)、バスケットボール(男女)、ホッケー(男女)、ハンドボール(男女)の6つの競技に参加した日本代表チームの記者会見で、日英・英日逐次通訳を担当しました。

1)準備

まず準備ですが、各自の通訳シフトが決まった直後から約3週間、各競技のルールや選手について様々な動画素材を用いて、毎日2時間チームで逐次通訳の練習をしました。今回はオリンピック史上初めてMS Teamsで記者会見の会場とつなげて通訳をリモートで行うことになり、いつも本学の授業で使っているZoomとは勝手の違うプラットフォームに慣れるため、毎日の練習もTeamsを使って行いました。

資料としては、競技ごとのルールや団体名などを網羅したワードリスト、各競技に参加する各国の選手・監督・コーチの情報リスト、記者会見に参加する各国の主要メディアのリスト、7人の通訳全員のシフト時間や会場の詳細がわかるマスタースケジュール等を作成して、すべてGoogle Driveでリアルタイムで共有しました。

資料を万全に準備した初回の現場。Photo Credit: Nick Kontje

2)記者会見当日

私たちが担当した記者会見は、数回を除いて殆どが試合後記者会見だったため、質疑応答の内容を正確に訳出するには実際の試合を観る必要がありました。ところが競技によっては日本やアメリカの主要テレビ局で放映されていないものもあり、各自が担当するすべての競技をライブ中継で見ることができるようにチーム内で情報交換し、有料アカウントに申し込むなど複数の方法で競技を開始からすべてライブで観戦できるようにしました。試合が始まるとLINEを使って、どの国でどのチャンネルでライブ中継をしているか情報交換をしました。

試合中は各国代表チームで活躍した選手、試合経過や得点の方法、試合のハイライト場面などを手元で記録したり、各メディアが報道する試合速報や東京オリンピック公式ウェブサイトにリアルタイムでアップデートされる結果の詳細を読みながら、試合を追っていきます。経験を重ねるごとに、試合を観ていると記者会見ではおそらくこんなことが質問されるだろうとか、今日の記者会見に登場するのはこの選手だろうというような予測がつくようになりました。

試合終了15分前くらいには記者会見場にログインして、接続確認や音声チェックをします。その後、各会場のVMM (Venue Media Manager) と呼ばれる担当者にその日の記者会見に登場する代表チームの順番や選手・監督の名前、どの代表チームに対してどの言語通訳が必要になるかなどを確認します。その間も試合の最後の場面や最終結果を見逃さないように、手元の別デバイスで中継を見たり速報を読んだりしました。

試合終了後20分(それ以上のことも多々ありました)ほどで記者会見場に各国代表チームの選手や監督が到着し、記者会見が始まります。オリンピック記者会見の共通言語は基本英語ですが、メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が英語ではない場合には、チーム言語と英語との両方向をそれぞれの言語の通訳チームが逐次通訳しました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

メディアからの質問が代表チームの言語と異なる場合や、代表チームの回答が記者会見の共通言語である英語ではない場合などには、リレー通訳をしました。記者会見は短い場合で20分程度、長い場合は50分ほどだったと思います。

通訳に慣れ資料が減った終盤の現場。Photo Credit: Nick Kontje

今回私にオリンピック通訳の依頼、そして通訳の数が足りないのでMIISの学生さんに声をかけてほしいという依頼が舞い込んだのは本番まであと6週間というタイミングでした。そこから急遽帰国を決め、帰国準備、PCR検査、帰国後2週間の自主隔離などバタバタしながらあっという間にオリンピック当日がやってきました。しかし、それよりも、今回のメンバーの中には日中フルタイムで社内通訳やインターンの仕事をし、その後にアメリカ時間の夜中や明け方に記者会見を担当するという、かなりのハードスケジュールをこなしたメンバーもいました。寝不足の続いた17日間だったと思います。本当にお疲れさまでした。

東京2020オリンピックはコロナ禍でのオリンピックということで、初めてリモート通訳を試みた、ある意味で歴史に残るオリンピックとなりました。コロナ禍という苦しい時間を世界中の人たちと共有し、一年間延期の後開催されたオリンピックだったこと、そして自分たちが通訳として各国代表チームの選手たちの声として世界へ向けてメッセージを伝えたことが相まって、かつて感じたことのないような深い感動を覚えた大会でした。選手や監督たちの通訳をしながら心が震え、涙が出そうになるのを必死に我慢しながら訳出したのは、私だけではないはずです。

このような貴重な大会に7人でチームワークを発揮することができたことは、素晴らしい夏の思い出になりました。また、毎日の練習や準備、そしてたくさんの記者会見の現場を通して、これからMIISの名を背負って立つプロ通訳を目指す学生さんたちの底力と可能性を垣間見ることができて、本当に頼もしく感じました。3年後のパリ2024オリンピックでまたチームを組むことができるように、これからも一緒に頑張っていきましょう!

次回は、日本語通訳チームのメンバー6人から寄せられたメッセージをご紹介します。