卒業生インタビュー【田中心一郎さん】

今回は、2014年にMIISを卒業されたあと、通翻訳者としてご活躍中の田中心一郎さんにお話を伺いました。

◆はじめに、MIISの修士課程で学ぼうと思ったきっかけを教えていただけますか。

MIISに入学したきっかけは国際基督教大学で通訳や翻訳の授業を受けていて、二つの言語を行き来する感覚がパズルを解くように面白く、仕事にできたら楽しいだろうと思ったのが一番のきっかけです。また、MAを取得していると仕事を得やすいだろうという損得勘定もありました。

卒業後は、主にどのようなお仕事をされていらっしゃいますか。

卒業後はまずシリコンバレーの法律事務所で10か月ほど特許翻訳をしていました。先輩に勧められたというのもありますが、将来を考えたときに特許翻訳の知識は必ず役に立つと考えたのが決め手です。OPT(Optional Practical Training)による米国での1年間の就労ビザが出るので活用しました。将来的にフリーランスを目指していたので、ビザが切れる前に退職し、日本に帰ってフリーランスになりました。

MIIS在学中にフリーで仕事をするための下準備をしていたので、大きな不安はありませんでした。まず、翻訳と通訳の授業をまじめに受け、先生やクラスメートから信頼を得ること、次に企業リサーチのインターンで卒業後も稼げる収入源を確保すること、そしてMIISでの就活やATAなどに参加して得たエージェントなどの連絡先や情報を活用しました。また、MIISのキャリア相談を行っていたジェフさん(現在は退職)と毎週のように会っていました。LinkedInのプロフィールの書き方や履歴書の書き方、キャリア形成など様々なことを教えていただきました。とにかくコネクションを作っていくことは今も実践しています。

コロナの影響が大きくなる直前には、他国の大使と厚労省との会談の通訳を担当し、対面での通訳も多かったのですが、コロナ禍で急速に仕事が減ったのを覚えています。2020年の5月はキャンセルが相次ぎ一件も通訳の仕事がありませんでした。仕事が減った分は翻訳や字幕の仕事を受けていました。

徐々にオンライン通訳の案件が増え、今ではコロナ以前と同程度に安定的に仕事が来ています。2018年には東京スタートアップ・ゲートウェイ(公的なスタートアップ企業の支援プログラム)に参加し、オンライン通訳プラットフォームの開発も考えていたので、リモート通訳に移行することに抵抗は一切ありませんでした。初期のリモート案件として多かったのはGAFAMなどで知られるIT系の通訳です。IT関連のガジェットが好きで、特許翻訳もしていたので、IT関連の通訳としてエージェントからも信頼されるようなりました。そこから、徐々にほかの分野の製薬系や法関係の仕事も依頼が来るようになっています。OJTのように仕事を通じ学ぶことも多く、日々勉強に努めています。

MIIS で学んだことが、いまお仕事にどう活かされているか、お聞かせください。

通訳や翻訳の技術については当然毎日の仕事に活かされています。最近退職されたターニャ・パウンド・ウィリアムズ先生から学んだ日英特許翻訳については、そのまま卒業後の就職先で特許翻訳者として活かすことができました。フリーになってからも技術系や法律関係の仕事で文書を読む際などに活かされています。

他にも、アメリカの文化や言葉・常識に触れられる環境、グローバルかつ優秀な英語話者が多数いる環境に身を置くことで得られた知見は、普段は意識しない場面で役に立っています。メールの書き方、クライアントとの接し方、距離感、こういったなかなか学習だけでは体得できない部分が補えたのは大きな収穫でした。

MIISで一番意識したことが仲間を増やすことです。友達を増やすということでもいいでしょう。ATAの会議にも毎年参加していました。MIISのTILMに来る方は全員が通訳や翻訳を志す仲間なので、今でも仕事の打診を互いにしていますし、MIISの先輩や同級生は仕事を紹介しあっています。僕の場合はほかのMBAやTESOLなどにも友達がいて、そことのつながりも、色んな仕事につながっています。当時のルームメイトの実家が翻訳会社を経営しており、そこの仕事は今でも受けています。

修士論文の口頭試問に合格!

MIIS の学生生活のなかで、一番思い出に残っていることは何ですか。

追加費用のかからない範囲で授業をできるだけ受けていたら、修士論文を見てくださっていたコルドバ先生に授業を減らさないと担当できないと言われたのも今ではいい思い出です。忙しい中対応してくださり、とても感謝しています。

色々ありましたが、一番思い出深いのはモントレーからサンフランシスコまで200kmほどの道のりを80ドルの自転車でルームメイトと1週間かけて往復したことでしょうか。全身筋肉痛になり、広大なアメリカを体感できました。道中トラックを運転する年配の女性に山1つぶん相乗りさせてもらったり、誤って私有地に入り、番犬に襲われそうになったり、思い出深い1週間でした。

入学希望者の方たちに、特にアドバイスがあればお願いします。

MIISに入る場合は、本気で通訳か翻訳を仕事にする覚悟で入ることになります。自分は通訳や翻訳をするべきだと本気で思っているのであれば、有意義な時間が過ごせると思います。僕自身も多少は仕事での通訳や翻訳を経験した上で入学しているので、自分なら通訳者や翻訳者になれると確信してから入学しています。入学さえすれば後は先生がなんとかしてくれるという甘い世界ではありません。

周囲を見渡せば、10年会社で翻訳などを経験してから、商社で働いたのちに勉強してからなど、翻訳や通訳の“初心者”に経験豊富なライバルが多い業界です。それを踏まえて、MIISでの修士号はライバルたちに対抗するための強い味方になります。さらに、MIISマフィアの先輩たちも助けてくれます。もちろん、最終的には仕事を得られるかは自分の力量次第です。

翻訳や通訳という仕事を僕は大好きですし、多くの方にぜひやってほしいと思っています。しかし、AI翻訳も多少は力をつけていますし、適当な実力では太刀打ちできません。十分な準備で力を蓄える、その一助としてMIISを活用すると良いのではないかと思います。そして、無事に卒業すれば就職に大変有利です。個人的には若くからフリーランスでも楽しいと思っていますが、そのためにもMIISというブランドは有効です。僕自身もMIISの後輩と仕事ができるのを楽しみにしております。

最後に一言お願いします。

先日、アメリカのベテラン通訳者の方が体調不良をきっかけに通訳業をリタイアされました(今は回復されています)。僕のほうでいくつか仕事を受け継いでいますが、この業界のバトンは脈々と受け継がれています。体は資本です。自分を大事に、長く、幸せに過ごしてください。もしよかったら通訳や翻訳をしてもらえると嬉しいです。通訳や翻訳を志す方がいれば、僕も相談に応じるなど、サポートしていきたいと思っています。この業界は強くないと生き抜けないので大変だと思いますが、個人的には人材不足を感じています。バトンはできる限り長く持ち続けますので、いつか受け取ってもらえたら嬉しいです。