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フィギュアスケート大会 通訳体験談【アファフ・カーンさん】

皆さん、こんにちは。翻訳通訳専攻2年生のアファーフ・カーンと申します。

今回は2月に行われた、四大陸フィギュアスケート選手権にてボランティアとして翻訳・通訳をさせていただいた経験についてお話ししたいと思います。

自己紹介

まず、私は日本人でもアメリカ人でもありません。一言で説明すると、私はパキスタン出身のフィギュアスケートオタクです。

そのフィギュアスケートオタクが一体何をしにMIISに入学したのか、少し説明させていただきます。

日本語は完全に独学で、日本での滞在経験もありません。高校一年生の夏休みのある日に、お母様が日本人で、お父様がパキスタン人の友達が漢字ドリルを突然始めたのがきっかけです。私も負けないぐらい暇を持て余していたので、新しいノートを買って彼女の家に遊びに行き、一緒に勉強するようになりました。

実は負けず嫌いなので、小学一年生用、二年生用と漢字ドリルを続け、どんどん漢字を覚えていきました。友達が飽きてしまっても、私はなかなか辞められなかったのです。

ひらがな・カタカナをマスターしてからは読む方に集中し、勉強する時は主に漢字と文法(A Dictionary of Basic/Intermediate/Advanced Japanese Grammarシリーズを愛読していました)がメインでした。辞書さえあれば読めないものはないと、今もそう信じています。

大学はコンピュータサイエンスを専攻しましたがやりがいを感じず、卒業後はフリーランスとして日英翻訳の仕事を始めました。上手くなれば、そして、仕事の機会が増えればと思いMIISへの入学を決め、パキスタンを発ちました。

ボランティアに応募したきっかけ

四大陸の話に戻りますが、なぜスケートの大会でボランティアをしようと思ったのか。

フィギュアスケート自体は4年前、某選手が「ジョジョの奇妙な冒険」を演じたことがきっかけで虜になりました。

活躍している日本人選手が多いこの競技ですが、その選手たちの言葉が世界へ発信される場は主に記者会見だけです。つまり、大きな国際大会で表彰台に上った、ごく少数のトップアスリートです。しかし、メダルの数や点数と関係なく、選手一人ひとりに様々な想いや考え方、経験、そして夢があり、それぞれの物語に発信される価値はあると思います。推しの言葉にたくさん笑わされたり、救われたりしてきた私ですが、いつか全選手、全インタビューの翻訳を任せてもらえたらいいな、とおこがましくもぼんやりと思ったことが多々あります。そして、MIISで初めて通訳に挑戦してみたとき、このひそかな夢に「試合で通訳をしてみたい」という思いが加わりました。

それはさておき、フィギュアを観るのが大好きだということは言うまでもないと思いますが、ボランティアに関しては色々と悩みました。ただ、やらないよりやるほうがマシ、というのが私のポリシーです。これから通訳者になるためにも、とりあえず人見知りを克服したいのが一番の目的でした。

到着

コロラドスプリングスには大会の3日前に到着しました。国際スケート連盟のQuick Quotesという、演技直後の選手をインタビューするチームにアサインされたことを大会前日に知らされました。後戻りができない、やるしかないと思いました。

大会初日

さて、男子ショートの日です。会場に入って案内された先には、私とパートナーを組むことになった、大人スケーター(スケート連盟に所属しない成年のスケート愛好者)のKaoru Slotsveさんがいらっしゃいました。Kaoruさんはとてつもなく社交的で、色々とサポートしてくださいました。

Kaoruさんのご著書です!

私は緊張でなかなか身動きが取れなかったのですが、余裕の笑顔でいつもお元気なKaoruさんと一緒に、選手に聞く質問を考え、文字通り肩を並べながらインタビュー内容の翻訳・書き起こしに取り掛かりました。後日、自分の翻訳がネットに掲載されているところ、そしてファンの方たちがそれに反応されているところを見た時は、とても充実した気持ちになりました。

Kaoruさんの優しさに支えられた一日の終わりにシャトルに乗ると、なんと、日本スケート連盟の方がsmall medal ceremonyの通訳を依頼してくださいました。英語ができる日本人の方ではなく、わざわざ私に声をかけてくださったことが大変光栄でした。私がスタッフではなくただのボランティアだと知った時は少し戸惑ったそうですが、強気に名刺を渡して、「私!通訳できます!やらせてください!」とプレッシャーをかけてしまいました。

録音を確認中のKaoruさんと

男子フリー

女子フリーは観客として拝見させていただき、男子フリーの日は再び舞台裏へ。Small medal ceremonyはペアフリーと男子フリーの間に行われる予定でした。着いた時はまだペアフリーの最終グループでしたが、のんびりピザを食べていたところに電話がかかってきました。「もし三浦・木原組の優勝が決まったら、優勝インタビューの通訳をお願いできますか」とのことでした。ピザをくわえながらメディア・エリアへ猛ダッシュし、通訳デビューを果たしました。

デビュー、と言ってもそれほど派手なことはしていません。フィギュアの試合を数多く観てきましたし、インタビューなどもすかさずチェックしてきたため、よく聞かれる質問、選手がよく使うフレーズ、標高の高さなど今大会ならではの課題など、基本的なことは把握していました。

しかし、事前準備がしっかりできていても、理想のパフォーマンスが保証されるわけではありません。今回の通訳で改めて痛感したのは、通訳というプロセスはいかに繊細かということです。

まず、録画を見返して、自分が記憶とはまったく違うことを言っているのが驚きでした。記憶していた訳はどこから来たのか、それはおそらくその時に考慮していた候補の一つだったのでしょう。

さらに、訳し終わった後、そのページのノートをしっかり斜線で消してからページをめくっていたのも興味深かったです。

斜線を引いてノートを消すというのは、同じページに次のセグメントのノートを取る場合、どこから訳せばいいのかという混乱を防ぐために普通使うテクニックです。つまり、新しいページに移る場合は不要です。しかし、斜線を引くことで頭がすっきりする、という心理学的な効果はあったと思います。

いつものノート、いつものペン、そして、慣れ親しんだテーマ。不確実な要素を最小限まで抑えられたおかげで、放送事故を起こさずにその場を乗り切れました。

Small medal ceremonyは結局一般の方からの質問コーナーはなかったので、私の出番はないまま終わってしまいましたが、男子も日本人選手が優勝し、再び優勝インタビューの通訳をさせていただきました。選手本人も面白い方で、観客の声援などで確かな手応えを感じました。実は以前、日本スケート連盟の専属通訳者の方とオンラインでお会いしたことがあるのですが、インタビュー直後にその方が労いのメッセージを送ってくださったことが何よりも光栄で嬉しかったです。たくさんの方にアフターケアをされているようで、幸せでした。

三浦選手、改めて優勝おめでとうございます!

まとめ

気づいたらスケートの試合で翻訳と通訳をするという夢が叶った私。スケートに出会う前のことを思い出すと、本当に遠いところまで来たな、と感慨深い気持ちになります。

同時に、就活もそうですが、ただ待っているだけだとなかなか振り向いてもらえない、チャンスをもらえないということも身をもって実感しました。一歩踏み出すことで失敗することがあっても、何かを掴める可能性もあるので、それだけでも踏み出す価値はあると思います。

そして何よりも、観客に聞いていただくレベルの通訳ができるようになったことがこの上なく幸せです。MIISでお世話になっている先生の方々に心から感謝を申し上げます。

皆さんにもぜひ、思いっきり夢を追いかけてほしいと思っています。