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文芸翻訳のメンターシップ・プログラムについて【山崎安里沙さん】

こんにちは!翻訳専攻2年生の山崎安里沙と申します。

今回は私が昨年参加した、American Literary Translators Association の Emerging Translators Mentorship Program についてお話しさせていただきます。

American Literary Translators Association (ALTA)というのは、その名の通りアメリカの文芸翻訳家協会ですが、若手文芸翻訳家育成プログラムといったものを毎年行なっています。すでに業界で活躍されているベテランの翻訳家がメンターとなり、これから文芸翻訳に挑戦したい若手翻訳家をマンツーマンで 9 ヶ月間ほどアドバイジングします。まだ翻訳されていない小説や詩をあらかじめ自分で選び、一部を翻訳し、応募の際に提出します。抜擢された場合、その作品を 9 ヶ月ほどかけて翻訳し、最終的にはALTAが年末に毎年行なっているカンファレンスで発表をするという流れになります。プログラム終了後も出版先を探すなど、まだまだやることはたくさんありますが……

メンターの方はほぼ毎年変わるので、応募対象となる言語枠もその年ごとに変わります。また、色々な国の政府や文化団体がスポンサーとなっているので、その年のスポンサーによっても言語枠は変わるようです。私が応募した 2022 年度のプログラムは初めて日本語枠があった年で、UCLA と関連のある Yanai Initiative がスポンサーをしていただいたおかげです。私のメンターは、日英文芸翻訳家でノースカロライナ大学シャーロット校日本語学科助教授のデビッド・ボイド(David Boyd)さんでした。川上未映子さん、高橋源一郎さん、小山田浩子さんなどの作品を翻訳されています。

私がこのプログラムに応募したきっかけですが、もともと文芸翻訳家になりたいとは全く思っていませんでした。文芸翻訳というのは、自分自身も創作活動をしている人が一番適していると考えていて、正直自信がありませんでした。ですが、応募締め切りの 1 ヶ月前ぐらいにたまたまこのプログラムに出会い、ちょうど日本語枠があったこともあり、ダメ元で応募してみました。翻訳したいと思った小説は、その年に読んだ高山羽根子さんの『如何様』という作品でした。戦後の東京が舞台で、兵隊だった画家が出征前と全く違う姿になって帰ってくるという話です。戦争などの出来事を体験することによって国民が背負わされるトラウマ、またこういったトラウマによって人は決定的に変わってしまうということを描いたこの作品は、当時まだコロナ禍で生活していた私にとって、とても共感できました。高山さんは 2020 年に『首里の馬』という作品で芥川賞を受賞されています。

ALTAのイベントで発表

それまで文芸翻訳をしたことがなかったので、メンターシッププログラムは驚きと発見の連続でした。アート系のものや脚本などの翻訳をしたことがあっても、文芸翻訳はアプローチや考え方がかなり違い、色々と気付かされることがありました。私が一番苦労した点は、意訳などの工夫を取り入れることでした。作者が意図的に選んだ表現や流れなどを少しでも忠実に反映したかったので、初めはどうしても一語一句抜け漏れのないように翻訳をしていました。ですが、文芸作品は読者の心に響くかどうかが肝心なので、細かく忠実に翻訳することで逆にメッセージが失われてしまう場合もあるということを痛感しました。こういった場面で自信を持って翻訳家としての判断を下すことは、たくさん経験を積まないと慣れないものだと今も感じます。また、原文を事細かに再現しようとしていた当初は、実務翻訳をする時と同じようなスピードで訳していましたが、プログラムが進むにつれ大幅にスピードが落ち、一段落に何時間もかけるようなこともありました。ただ単に作品を日本語から英語に置き換える作業ではなく、自分も一緒になって携わる創作活動なんだという意識が徐々に芽生えたからだと思います。

2022 年度の ALTA カンファレンスはコロナの影響でオンラインになりましたが、代わりにメンターシッププログラムのための対面イベントが 11 月に開かれました。三日間のイベントで、開催場所は ALTA が拠点を置いているアリゾナ大学でした。文芸翻訳業界についてのパネルで他のメンターの方々の話を聞いたり、ロシア語から翻訳された演劇を観たりと盛り沢山な内容でした。もちろんメインイベントは、各メンティーが翻訳の一部を発表する朗読会でした。韓国語やスウェーデン語、ポーランド語、カタルーニャ語など、世界中の素晴らしい作品の翻訳に触れることができて、とても貴重な時間でした。

文芸翻訳に挑戦したい方、小説などが好きな方にはぜひこのメンターシッププログラムに挑戦してほしいです。メンターの方に自分の翻訳を評価してもらったのはもちろん、翻訳について深く考え、色んな議論ができたのは本当にかけがえのない経験でした。有名な日本人作家の作品でも、まだ訳されていない作品は山ほどあります。出版翻訳業界はなかなか参入しにくく、金銭的にはあまり魅力的ではないかもしれませんが、一冊でも多くの翻訳本が出版されることによって生まれるインパクトはとても大きいものだと感じています。応募締め切りは秋なので、もしご興味があればぜひ今から検討してみてください。

私が翻訳した『如何様』の抜粋が、The Offing というオンラインの文芸ジャーナルに掲載されることになりました。まだ掲載日は決まっていませんが、公開されたらここで共有したいと思います。